060 2人の勇者
拳聖の勇者キャサリンと魔操の勇者リスイは、不穏な動きを見せる魔導王の足跡を追っていた。
小国群の中の一つ、魔導王が居を構えるソルレムの城は既にもぬけの殻となっていた。
魔王と勇者の協定を無視して、魔王が動いたというのは世界の調和を乱す行為である。
更に、どうやら龍王と共に何かを企んでいるらしいという情報も掴んだ。
2人の勇者は真相を探るべく龍王国へと乗り込むが、空振りで、魔導王の足跡は追えなかった。
配下の龍の眼を通して各地の情報を得られる龍王には、勇者の動きは筒抜けであった為である。
本来膂力を重視する龍族であるが、今代の龍王は情報戦にこそ真価を発揮する。
龍王本人の力は6人の魔王の中でも最弱と言えるが、それを補って余り有る能力を有していた。
配下の龍との間にシナプスを形成して、全ての情報を共有でき、更に有無を言わせず支配下に置く事も出来る破格の能力。
単体の龍ですら、Aランク以上の冒険者でなければ相対する事すら難しいにも拘わらず、それを完全に指揮下における龍王は、勇者側からは非常に警戒される存在であった。
ひとまずは魔導王の所在が確認できなかったので、他を当たる事にした勇者達であったが、龍王国に程近い森にて奇妙な力を感じる事になる。
宙を飛ぶかのように高速で動き、何かを追っているようにも感じられる。
それが持つ気や魔力は、魔王の幹部クラスの強大さであり、勇者にとって実態も確かめずに放っておく事は出来ない程であった。
悟られないように慎重に近づくも、突如その気配は消失する。
いや、翌々探ってみれば気配は有ったのだが、それはかなり小さなものになってしまっている。
別の何かの気配である可能性もあるが、位置的に相違は見られない。
2人の勇者は、いずれにしても逃げられないように、ギリギリまで気配を消して近づいた。
絶対に逃げられない位置まで近づいたところで気を解放すると、それは逃げる事を諦めたのか、特に不審な動きをする事も無くその場に留まっていた。
ついにその姿を捉えるが、驚いた事にそこに居たのは、魔物の徘徊する森にそぐわない、貴族の令嬢のような金髪碧眼の美少女であった。
敵対する意思は無いと言わんばかりに、食べていた蟹を差し出す少女。
勇者である2人は、たとえ毒を盛られたとしても対抗する術があるので、話をする場を設けるためにもいただく事にした。
それは食べた事がない程の美味で、味覚を虜にされる程の旨味に満たされており、逆に警戒を強める事となるのだった。
話し合いの末、少女がヴァンパイアであると発覚するも、予想外にも少女が拗ねてしまった事で、想定していた事態は斜め上へと推移する。
「おやすみっ!」
もう話は済んだとばかりにそっぽを向いた少女に、勇者ともあろう者達が翻弄される様は、なんとも滑稽であった。
「ねぇ、お願いだから、もう少しだけお話してくれない?」
キャサリンの呼びかけに応じるそぶりを見せない少女。
沈黙がこの場を支配する……と思いきや、小さく規則的な呼気の音が漏れる。
「ね、寝てるっ……!?」
「寝るの早……」
2人の勇者を再び唖然とさせる少女は、豪胆なのか無神経なのか。
もはや無抵抗の少女を前にして、暫し見守る事しか出来なかった。
「どんな胆力してんのよ、この娘。貴族のお嬢様みたいなのに、普通に地面で寝てるし」
「一応悪意は感じないし、奇妙な存在だけど、龍王や魔導王とは関係無いと思う」
「そうね……まぁこのままほっとく訳にもいかないし、私達もここで……」
その時、アイナが就寝してから数分が経過し、毒針の効力が切れてしまった。
キャサリンは、焚き火の光に照らされた、尻尾の生えた可愛らしいお尻を見て目を見開く。
「な、なんで急に裸になってんのぉ!?……あ、尻尾生えてるから獣人なのは本当なのね」
「見ちゃだめ!」
「わぷっ!」
リスイは素早くキャサリンの顔に布を被せて視界を封じた。
心は女性だが、生物学上は雄であるキャサリンに、少女の裸体を見せてはならないのである。
ついでに、もう一枚の布を尻尾の生えた全裸の少女に掛けてやる。
そして念のため持ち物を確認する事にした。
先程見せられた冒険者カード、複数の針の入った袋——その次の持ち物を見た瞬間、リスイは驚愕する。
「『闇王の耳飾り』に似てる。……それにこれは『獣王の腕輪』!?」
リスイの驚きの声に、キャサリンも布越しに焦りを見せる。
「どういうこと?魔王の宝具が何故この娘に?模造品じゃないの?」
「間違いないと思う……。魔力の流れがおかしいのはたぶんこれのせい」
「魔王の宝具って、魔王を倒さないと手に入らないのよね?闇王と獣王が倒されたって言うの?」
「勇者でも倒すのは難しいと思うけど、弱点を突けば不可能じゃない」
「それでもこんな年端もいかない少女に出来る事じゃないわよ」
「さっきの気配がこの少女のものなら?」
「……そうね。あの気配がこの娘ならあるかも知れないわね」
暫しの静寂……。
思考に潜ったところで、真実という答えが返ってくるわけでもない。
「まぁ詳しい事は明日にしましょ」
「そだね」
少女の目覚めを待つしかできない事に、不甲斐なさを感じる勇者達だった。




