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【完結】毒針クリティカル  作者: ふぁち
第二章『冒険者編』
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057 緑の魔物

 鱗に覆われた緑色の体をくねらせ、全身の痛みに苦しみながらそれは歩を進める。

 今が何時いつなのか、此処ここ何処どこなのかも、もはや定かでは無い。

 人の言葉すら朧気おぼろげで、自分が人だったのかどうかすらうつつはざまに消え去りそうだ。


「グボボ……オデノ敵……」


 もはやそれを突き動かすのは、過去に抱いた憎悪のみ。


「敵……アイナ……」


 その名を持つ少女を探す。

 金髪の少女であった事は覚えている。

 そして自分にこの力を与えた者が、この先の街にいると言っていた。

 ならば、この体を引き摺ってでも、たどり着く。

 周囲の魔物は、自分の姿を見ると怯え、恐慌状態となり逃げ出して行く。

 人である事と引き換えに手に入れた力は、数多あまたの魔物すら凌駕していた。


「グボ……コロス……グボボ……コロス……」


 かつてアイナの叔父、シュバイネ・フライシュ伯爵であったそれは、朦朧とする意識の中で、ついに目的である者の姿を捉えた。

 宙を舞い、魔物の軍勢を無力化しながら進んでくる少女。

 金色こんじきの髪を靡かせて飛び交う妖精のようであった。

 その可憐な姿に、それが人であったならば見惚れた事だろう。

 しかし、彼の中に浮かぶものは憎悪と憤怒以外に無かった。

 残念ながら、それを哀れむ者はここにはいない。

 周りにいるのは彼が引き連れてしまった魔物の群れだけなのだから。


 少女が周囲の魔物全てを屠った時、ようやくこちらを向き、目が合ったような気がした。

 瞬間、憤怒は歓喜へと変わり、嬉々として牙を剥き、少女へと襲いかかる。

 まだ辛うじて人型に近い体で駆ける。

 駆けるのだが……そこに少女の姿は無かった。

 自分の願望が見せた幻影だったのだろうか?

 キョロキョロと周囲を探していると、突然、チクリと首筋を何かが刺した。

 虫か何かであろうと手で叩こうとするも、何故か思うように腕が上がらない。

 いや、それどころか体全体が地面に向かって降りていく。

 何が起こったのか、訳が分からないまま、地響きを立てて緑色の体はその場に伏してしまった。


「あれ〜?全部無力化したけど、元凶になった魔物とやらはいないなぁ?」


 緑の鱗に覆われた背に立ち、周囲を見回すも、それ・・を今 まさに踏みつけている事に気がついていない少女。

 歯牙にも掛けない。その瞳に映ってすらいない。

 伯爵は力を手に入れた筈が、その辺の虫のように扱われ、濁りきった心の中で怒りが再燃してゆく。

 むしろ虫であったなら、その少女は嫌悪感に顔を引き攣らせたであろうが。


「グボボ……」


 もう恨み言をこぼすための言葉すら、忘却の彼方だった。

 そもそもその恨みも、逆恨みなのであるが……。

 何故か動かない体に必死に力を込めようとするが、首から下へ脳の命令が届かない。

 人であった時ならば、それがスキルによるものだと判断できたであろうに、獣と化した頭ではその思考には到底至れない。

 もっとも判断出来たところで、抜け出す術は彼には無かった。


「……ん?あれは……かにっ!?あいつが元凶ねっ!そうに決めたっ!!」


 何かを見つけた少女は、伯爵と周囲の魔物を放置して、どこかへと駆けて行ってしまった。


 ズブリ、ズブリと魔物の頭部を刺し貫く剣の音が近づいて来た。

 呻きを上げるだけの魔物達に、終わりの刻を告げる警鐘であろうか。


「なんだこいつは?見たことねぇ魔物だな。ドラゴンの亜種っぽいが、こいつが元凶か?まぁそれは、後でギルマスに考えてもらえばいいか」


 男が剣を振り上げ、切っ先を緑の鱗に向けて突いたところで、伯爵の意識は途絶え、誰にも知られる事なくひっそりとその命の幕を閉じた。


「せっかく魔力増やしてもらったのに、今回全く使う必要無かったぜ。それにしても、嬢ちゃんは何処行ったんだ?」


 男は周囲にまだ息のある魔物がいないか確認すると、来た道を引き返して行った。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 空を飛ぶ龍種の眼を通して、龍王は一部始終を見ていた。


「貴重な龍の肝を使った薬だが、軽い魔物の集団暴走スタンピードを引き起こした程度だったぞ。あれでは使い物にならん」


 龍王の苦情に、向かい合って座っている男は呆れた顔を見せる。


「それは素質が無い者に使うからだ。限界突破しても、そもそもの素質が低ければ大した成果は出せん」

「……なるほどな。ならば、使う相手を選ぶべきと言う事か」

「選ぶにしても、誰に効くかなんてのは保証できんからな。それから言い忘れてたが、素材の都合上、龍族は拒絶反応を示して、最悪体が崩壊するかも知れん」

「それは残念だ。龍族でも使えるようには出来んのか?」

「さあな。調整すれば出来るかも知れんが……そもそもこの薬は俺が必要だから作っただけだ。お前の都合のいいように作り替えるような面倒はごめんだ」

「ほう……では、対価を用意すればやってくれるのか?」


 対価という言葉に男は一瞬反応してしまった。

 それを見逃す龍王ではない。


「薬が出来てもう用が無い筈なのに、再びここへ来たという事は何かあるのだろう?」

「ちっ……。察しが良すぎて面倒な奴だな」

「ふんっ。それで、何を求めている?」

天珠華てんじゅかだ」

「ほぅ……。しかし、それならば我ではなく天王に頼めばいいのではないか?」

「……対価が釣り合わなかった。薬の調合程度でお前が動いてくれるなら、こっちの方がマシだ」

「ふっ、魔王同士の争いに発展するような事を元勇者であるお前が望むか」

「勇者だの魔王だの、くだらない……。元々そんなもの俺には何の価値も無い」

「まぁいい、取引は成立だ。薬の調整が完了したら、天珠華は何とかしてやる」


 互いに笑みすら浮かべずに、世界を揺るがす取引はこの場で締結された。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 それは動かなくなった緑色の体の影から現れた。


「ほふほふ……なんじゃ勿体ない。こんなにいい屍を放置するなんてよい。せっかくだから使ってやろう」


 黒い衣服の先から皮と骨だけの手が伸びて、緑色の鱗に触れる。

 黒い霧が屍を包み込むと、動かないはずのそれがムクリと起き上がった。

 命ではない何かが吹き込まれ、それは動く屍となって再び歩き出そうとする。


「グボ……アイナ……コロス……」

「これこれ、儂のしもべとなったんじゃから言う事きかんか」


 魔力での威圧を放つと、緑の体はビクリと震え、その場に跪いた。

 リビングデッドと化した伯爵は、黒い衣の何かと共に影の中へと消えていった。

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