052 異端
『異端』の疑いを掛けたのって、絶対騎士じゃなくて聖女の方よね?
自分の仕事横取りされたからって、冤罪ふっかけてきおったな。
……あれ?冤罪ではないのかな?
教会にとってヴァンパイアなんて異端以外の何者でもなかったわ。てへぺろ。
やばいなぁ、異端審問でレイアさんの時みたいに『真実の宝玉』とか使われたら確実にアウトだよ。
現状を見て、少年達3人組が急ぎ冒険者ギルドの中へ駆け込んでいった。
きっとギルマスを呼びに行ってくれたんだろうけど、今回は間に合いそうにないと思うよ。
既に騎士達は、剣を抜いて私に向けて来てるし。
「無駄な抵抗はするな」
「ふ〜ん……じゃあ無駄じゃない抵抗はしようかな?」
「はぁ?何を訳の分からん事を……っ!?」
私が生成しておいた一酸化炭素(猛毒)を吸い込み、4人の騎士達は即座にその場に突っ伏した。
やられてないけどやりかえす!倍……ではなかった!
「ぐっ、何をしたっ……!?」
レイアさんなら魔力の流れで察知してただろうに、この4人はあっさりと吸い込んじゃったよ。
豪華な鎧を着込んでる割に、あんまり大した事ないね。
セットでお得、コーヒー(濃毒)も付けてあげるよ。
「うわああああぁっ!ま、魔物ぉっ!動けないっ、助けてくれぇっ!!」
「ぎゃあああああっ!口の中に入ってきたぁっ!苦いっ!嫌だああああっ!!」
私の生成したコーヒーは前回から改良され、エイリアンのような形になって、騎士達の口をこじ開けて侵入していった。
カフェインもマシマシですっきりお目覚め……と思ったら、白目剥いて寝ちゃったね。
「あ、悪魔の力……」
騎士達が阿鼻叫喚する中、聖女が怯えるように後ずさる。
そもそも聖女は仕事断ってたんだし、横取りですらない、完全な逆恨みじゃん。
まぁ、聖女のより凄い回復を見せちゃったから、今後は仕事やりにくくなるかも知れないけどさ……。
襲いかかってこないなら追撃する必要も無いけど、ほっとくのも後々厄介そうだね。
ん?この流路は……丁度良いから、これを利用しておこうかな?
私は素早く聖女の後ろに回り込んで、聖女の尻に毒針を突き刺した。
「ぴぃっ!?」
「これ以上私に絡んでくると、蒙古斑が大変な事になるからね」
聖女にだけ聞こえるように、小声で脅しておいた。
ちなみに毒で蒙古斑をちょっとだけ大きくしておいたのだ。
その場で崩れ落ちる聖女を後目に、私はすっぽんの元へと戻る。
「早くお鍋買いに行こう」
「え?えっ?……こ、これ、そのままにしていいのか?」
「いいんじゃない?」
10分すれば元に戻るし。
蒙古斑は一週間ぐらい後遺症が残るようにしたけど……。
チラリと振り返ると、怯えつつもめっちゃ睨んでくる聖女がいた。
もっとちゃんと脅しておいた方が良かったかな?
この世界の治安って、権力に簡単に屈しそうだから心配だなぁ。
何があっても対抗できるように、私も、もっと力を付けないとだね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギルドマスターが騒ぎのあった場所へ駆けつけたのは、遅きに過ぎた。
冒険者ギルドの入り口までは僅かな距離であり、時間もほとんど掛からなかった筈だが、既に事は収束していた。
実態は、収束どころか紛糾かも知れないが……。
地面に突っ伏したまま白目を剥いて動けない4人の聖騎士達と、蹲ったままブツブツと独り言を呟く聖女と、つい先日まで無かった筈のギルマスの頭髪を見て響めく周囲の人達。
正に混沌。
「どいつもこいつも、13歳になっても蒙古斑が消えないぐらいで子供扱いしやがって……。消えないんだからしょうがないでしょうが……。私の実力とは関係ない蒙古斑ぐらいで煽ってきやがって、クソどもが……」
何かトラウマを刺激されたかのように、淀んだ眼と怒りに満ちた表情で呟く為、周りにいる人達は近づくのも、声を掛けるのも躊躇われた。
それでも相手が聖女で、しかも寄りによってアイナに絡んでしまったため、ギルドマスターは声を掛けざるを得ない。
「聖女様、何があったのですか?」
問いかけに、ようやく我を取り戻した聖女は顔を上げる。
「この街に異端者が匿われている可能性があります。至急ギルドにも協力要請致します」
「はぁ、異端者ですか……?」
それがアイナの事を指すのは承知しているが、ギルマスはあえてとぼけてみせた。
事を大きくすれば、それだけアイナの事が国の上層部に露見する事になる。
うやむやにするのが一番良い解決策なのである。
しかし、聖女はそれを良しとしなかった。
「異常な回復魔法を行使する者が居たのです」
「……聖女様、それだけで異端というのは如何なものでしょう?」
「部位欠損を一瞬で治したのを、この場にいる者達が目撃しています。それに魔物らしきものを召喚しました。あれは悪魔の所業に間違いありません」
「部位欠損を治すポーションも、かなり高額ですが無い訳ではありません。仕様が完全に把握されていないスキルもあります。ご自身の知識の埒外だから異端というのは、あまりに横暴ではありませんか?」
コーヒーの異形さを見ていなかったギルマスは、淀みなく応えた。
あれを見ていたなら、ギルマスも言葉につまって庇いきれなかっただろう。
聖女の目がすうっと細められる。
「このギルドは教皇国と事を構えるつもりですか?」
圧を掛けたつもりなのだろうが、荒くれ者を扱う冒険者ギルドのギルドマスターが小娘の圧程度に屈する訳がない。
「あなたの行いこそ、教皇国へ抗議させていただく事になりますよ?」
しばし睨み合う2人。
しかし、その緊張を断ち切るように、叫ぶような助けを求める声が辺りに響く。
「頼むっ!こいつを治療してくれぇっ!魔物にやられたんだっ!!」
つい先程も聞いたばかりのような話に、周囲が俄にざわついた。
この物語はファンタジーです。
実在する一酸化炭素及びコーヒーとは一切関係ありません。




