039 Eランク冒険者
自然の恵みを与えてくれる森であるが、それは人にだけ優しいものではない。
生物全てに捧げる平等な愛は、時に招かれざる客を呼び寄せてしまう。
冒険者ランクがEになったばかりのホルスは、パーティメンバーのヨルンとエルフィと共に森の奥地へと進んでいた。
ランクが上がる事により、ようやく薬草採集等の簡単な仕事から抜け出し、討伐系の依頼を受けれるようになった。
それで調子に乗って深みへはまってしまった。
「も、森にマーダーベアーがいるなんて聞いてないぞ……」
「だから奥地なんてまだ無理だって言ったんだよ!」
「2人とも!言い争ってないで逃げるよっ!」
ホルスとヨルンの腕を引いて早く逃げようと促すが、既にマーダーベアーの視界に3人は捉えられていた。
「グルルルルっ」
威嚇の必要すらない餌を見つけて嬉しそうに喉を鳴らし、逃げ出す餌達をノソノソと追いかける。
その足取りは楽しそうにも見えるが、追われている側にとっては破滅へのステップだ。
「や……やべぇっ」
「振り返るなっ!走れぇっ!」
「嫌ああああぁっ!」
いつでも追いつける余裕を見せていたマーダーベアーだが、バラバラに逃げられて取り逃すのは拙いと気付いたのか、急加速して3人に体当たりを食らわせる。
「ぐあっ!!」
「がっ!?」
「きゃあっ!!」
周囲の木々に強かに体を打ち付ける3人。
朦朧とする意識の中で、わらにもすがる思いで天に祈る。
それをあざ笑うかのように舌舐めずりをしながらマーダーベアーが近づいた。
「久しぶりのお肉だと思ったのに熊かぁ……」
生命の危機に瀕している場面にそぐわない素っ頓狂な声が聞こえた。
その声の主は、散歩でもするかのように茂みの中からマーダーベアーの前へ躍り出る。
白いローブを纏った白銀の髪の少女。
あまりにも美しいその顔立ちに、ホルスとヨルンはお迎えが来たのだと思った。
「まぁ柔らかくしたら食べれるから、いっか。ちなみに人の言葉はしゃべれるの?」
少女の言った意味を理解出来る者はこの場に居なかった。
それはマーダーベアーも同様で、人の言葉での返事など当然出来ない。
マーダーベアーは少女を見た時は新しい餌が来たと喜んだが、今は謎の体の震えに困惑していた。
本能が逃げろと告げている事に気付いた時は遅きに過ぎた。
「せいっ!」
少女が何かを眉間に突き刺した所で、マーダーベアーの意識は途絶え、赤い毛の塊は地面へと伏した。
「あれ?ひょっとして、獲物横取りしちゃった?」
3人には何が起きたのか全く理解出来なかった。
唯一、助かったという事だけを理解できた時、揃って腰が抜けてその場に崩れ落ちた。
そこへ白銀髪の少女が近づき、何やら回復魔法のようなものを使った——なんと無詠唱である。
格闘が出来る上に魔法まで無詠唱で使うとは、とても見た目通りの年齢とは思えない。
きっと小人族の上位ランク冒険者なのだろうと3人は判断した。
「「「あ、ありがとうございましたっ!!」」」
声を揃えて礼を言う3人に、少女は困ったように頬をかいた。
「あー、私はただこのお肉を食べたかっただけだから、気にしないで」
「いえっ、貴方は命の恩人です!」
畏まるホルス達に恐縮する少女。
「じゃあ、この熊は私が貰ってもいい?」
「はいっ!もちろんですっ!」
敬礼でもしそうな程緊張した面持ちで返事をしたのはヨルンだった。
若干頬が赤く染まっている。
それを見てパーティの紅一点エルフィは面白くなさそうに眉を顰める。
そんな彼らのやりとりなど興味がないかのように、少女は熊を解体し始めた。
血を抜き、皮を剥ぎ、次々と解体を進めて行くが、まるで透明な刃でもあるかのように素手で解体を行っていた。
その光景を唖然と見つめる3人。
解体が終わると、食べられない部位を一カ所に集めて火を付けた。
それもまた無詠唱で。
王国魔導師団でもこれほどの使い手はいないだろう。
マーダーベアーを単独で倒せるという事は、冒険者であれば最低でもランクC以上。
ランクCでこれほどの美しさであれば、それなりに噂になるだろうが、そんな話を聞いた事もない。
いったい何者なのだろうか?
少女がその火で熊肉を焼き始めると、香ばしい臭いが辺りに漂い始めた。
なんとも食欲をそそる匂いで、街の飲食店ですらこんなにいい匂いを出している店は無かった。
程良く焼けたところで少女が肉にかぶりつく。
「うん!まぁまぁいける!」
ゴクリと唾を飲み込む音が響いてしまった。
気まずい雰囲気が漂う。
「……食べる?」
少女が気を遣って骨付き熊肉を差し出してきた。
「いいんですか?」
「うん、どうせ一人じゃ食べきれないし」
それはそうだろう。
マーダーベアーは解体した後でも百キロ超の肉の塊が残っている。
「「「いただきますっ!」」」
耐えきれずかぶりつく3人。
「「「うんまーっ!!」」」
味わった事の無い程の肉の旨味に、感嘆の声を上げた。
「ところであなたたちに聞きたいんだけど、ここってどこ?」
まさかの迷子?
見た目だけでそんな風に思ってしまったが、命の恩人という事もあってホルスは丁寧に答える。
「ここはメルヴェリア王国の北端の森です」
「王国っ!?」
何故か驚く少女。
国外から来たのだろうか?
「ちなみに闇王国ってどっち?」
「闇王国は、北の帝国を越えた更に東寄りの北ですけど……」
「そっかぁ……」
少し悩んだそぶりを見せた少女だったが、直ぐに顔を上げる。
「わかった、ありがとう。北に向かえばいいんだね……」
そう言って南に向かって歩き出す少女を、3人は保護せざるを得なかった。




