032 帝国の勇者
針葉樹が立ち並ぶ林の一角、少し開けた野営地で帝国兵達は傷の手当てをしていた。
その中央に陣取られたテントの中で、一人の少年が悔しそうに顔を顰めている。
「魔王があんなに強いなんてっ……!」
側に控える騎士団長は、どう宥めようかと思案する。
「まだ時期尚早だっただけです。いずれレベルが上がれば勝てましょう」
実際に戦闘を見た騎士団長は本音を言えば、隔絶し過ぎた力量差をレベルが上がった程度で埋めれるとは思っていない。
しかし、この少年——異世界から召喚された勇者ならば、もしかしたらという期待はある。
「タケル様にはまだ切り札もありますし」
「でもあれは、理性を失っちゃうからコントロール出来ないし」
「我々は魔王討伐が成るのであれば、巻き込まれても構いませんよ」
「それはダメだっ!」
この少年は優しすぎる。
まだ子供なせいもあるだろうが、それ以上に以前は平和な世界にいた為だろう。
騎士団長も人の命が軽いとは思っていない。
しかし、大義の為の犠牲は必要であると覚悟している。
それをこの少年に押しつける事は出来ないが、あまりにも心の距離が離れすぎているのも問題なのである。
少年の実力は紛れもなく帝国で5本の指に入るので、現在侵攻中のこの軍に於いても中枢を担うのだが、この心の有り様では兵達が付いて来れないのだ。
優しさは人が生きていく上で必要なもの。
しかし、度が過ぎて甘くなるようでは兵士として不足。
それを諌言してもいいのだが、あまり厳しくすれば国の重鎮達が騒ぎ出すというのが実に面倒である。
異世界から召喚された勇者の扱いに悩み、騎士団長は小さく嘆息した。
そこへ、何の前触れも無くテントの入り口が開き、一人の男が入って来た。
「無様ですね。帝国の勇者とはかくも弱いものなのですか?」
この無礼な男はロバールという行商人らしい。
魔王の国の情報を帝国に流して来たのだが、どうやってそんな情報を掴んで来たのか。
ここ闇王国は他国との流通も無いので、商人など出入り出来ないはずだ。
更にアンデッド系の魔物が多く分布していて、帝国が侵攻しようにも今まで出来なかった程の場所である。
そこの抜け道を冒険者でもない一商人がどうやって調べたのだろうか?
怪しい笑みを浮かべる商人を、騎士団長はここぞとばかりに睨んだ。
「無礼だぞ!誰がテントに入る事を許可した!?」
「おや、こんな野営地のテントに入るのにも許可が必要だったのですか?それは失礼しました」
全く謝罪する気のない態度に更に腹が立ったが、次の言葉を言う前に少年が割って入った。
「ごめんなさい。自分の実力が足りなかったせいです。次は勝ちます」
「次とおっしゃいますが、何か勝算でも?」
「それは……」
少年は俯いてしまう。
それを見て、騎士団長の怒りが頂点に達しようとしたところで、ロバールはニコリと怪しい笑みを深める。
「では私が少々仕掛けを行いますので、本日の日が落ちてから、再度魔王に挑んでください」
「なっ、何を言っている!?アンデッドは夜にこそ真価を発揮するだろうがっ!」
「相手はヴァンパイアロードですよ?昼でも夜でも大差ありません。寧ろ私が仕掛けをするのを待ってからの方が余程善戦できると思いますが?」
この男を信用してもいいものだろうか?
素性も満足に洗えなかったと報告を受けているが、闇王国の抜け道の情報は正しいものだった。
しかし、仕掛けとやらが何なのかは分からない。
効果が無ければ、撤退も視野に入れておく必要があるだろう。
「その仕掛け、お前一人で失敗せずに遂行できるものなのか?」
「ええまぁ。若干邪魔者はいますが、問題ないでしょう」
「……分かった。だが、お前が失敗した時は見捨てて軍は撤退するがいいか?」
「承知しました。では成功しましたら、日没後に行動を開始してください」
そう言って男はテントを出て行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ロバールが野営地を出ると、見張りをしていた兵達の魅了は解ける。
「ふふふ、我が魅了もだいぶ板についてきた。やはり我こそが次代のヴァンパイアロードに相応しいのだ。あとは『闇王の耳飾り』さえ手に入れば……」
黒かった髪が白く染まり、茶色の瞳は燃えるような赤に染まる。
肌の色は病的な程に青白くなり、完全に人のそれでは無くなった。
変化という程でもないが、多少容姿を惑わす術はロードでないヴァンパイアにも使える。
現闇王であるヴァンパイアロードはあえて使わないが、本来なら人の社会に紛れて血を吸う為に必須の能力。
ロバールはそれを使って帝国に入り、情報を売っていた。
「異世界から召喚された勇者も、六大勇者程ではなかったか。まぁ、所詮当て馬。せいぜいこのロバールのための贄として踊ってくれ」
不気味な笑みを浮かべて、ロバールは洋館へ戻っていった。




