029 ヴァンパイア
「ではそろそろ洋館の方へ……」
「行かないよ」
「なんでじゃー!!」
何でそんなに洋館に行かせようとするのよ、このモッサリは?
危険と分かってる場所にわざわざ行く訳ないでしょうが。
「一応聞くけど、私を洋館に連れて行って、何をするつもり?」
「先日来た勇者の小僧が我が眷属の多くを浄化してしまったでな。久々に来た人間の血を吸って我が眷属に加えるつもりなのだ」
「絶対に行くかああああぁっ!!」
言葉は通じるけど、価値観の相違が激しすぎるっ!!
はいそうですかって言う人間がいると思ってるの!?
「おかしいのぅ、普通の人間なら妾の魅了ではいそうですかって言うのに?」
あぁ、なるほどね。
そりゃそういう価値観にもなるか……。
何故かは知らないけど、魅了効いてなくて良かった。
気を使えるから魅了効かなかったのかな?
「やむを得ぬ。ならばここで眷属に加えてくれよう……」
絶対嫌なんですけど!
私は全身に仕込んだ針を確認しながら身構えた。
私の毒はたぶんアンデッドとは相性が悪い。
生きてないから血流が無く、毒が回りにくいのでは?という懸念があるのだ。
アンデッドの流路が視えないのも、恐らく血流が無いからだと思う。
針から離れた毒も操作できるけど、体内に入ったものは操作できないという制限があって、無理矢理体の中を駆け巡らせるという事も出来ない。
これは猪の血抜きを毒でやろうとして、操作が出来なかったので間違い無い。
だからアンデッドに毒を打ち込んでも、血流が無い為に針を刺した付近にしか毒が回らない可能性が高い。
光属性の毒を生成すればある程度効果があるんだろうけど、それもやってみないと分からないし。
ぶっつけ本番でやるしかないかな?
最悪の場合は広範囲殲滅毒を生成して、辺り一面焼け野原にしてやんよ。
「なんか悪寒がしたんじゃが、お主何を企んでる?」
「手加減できる自信がないから、出来れば見逃してほしいなと思ってるよ」
「ふ……ふふふ。妾相手に手加減とぬかす奴はお前ぐらいなものだ」
何故か楽しそうに微笑んだモッサリは、次の瞬間その場から消えた。
でもクリティカルポイントが見えている私は、その動きを捉えているよ。
すかさず右方向へ飛び退くと、私を捕まえようと振り下ろしたモッサリの腕が空を切る。
「ほぅ、今のを躱すか」
さすが中二病、よく聞く戦闘系漫画っぽい台詞だね。
私はすかさず一酸化炭素(猛毒)をモッサリに向かって放った。
「ん?なんじゃこれ?」
え?私にしか感知できない筈の一酸化炭素が見えてる?
「これは攻撃のつもりなのか?痛くも痒くもないが?」
そっか、生きてないから呼吸もしないのか。
それにしてもなんで見えてるんだろう?
ひょっとして私が流路を視れるように、魔力の流れみたいなものが視えてるの?
益々相性が悪い……。
逃げようか?いや、逃げようにもあっちの方が足早いし……。
「そろそろ観念して、妾に血を吸わせてみないか?安心しろ、牙が食い込むのは先っちょだけ、先っちょだけだから」
「女の子が言っていい台詞じゃないよっ!」
私は透明な足場を作って空中に逃げる。
しかしモッサリも背中から翼を出して追って来た。
やっぱりこの世界のヴァンパイアもそういう仕様か……。
私は反転して、光属性の毒を生成して浴びせようとした。
それを察知したのか、モッサリは素早く私の背後に回る。
「すばしっこい!」
「お互い様じゃ!」
何度かすれ違いながらの攻防が続く。
急にモッサリがスピードを落とした?
チャンス!——と思った次の瞬間、モッサリは黒い霧となって闇夜に溶けた。
それと共に視えていた筈のクリティカルポイントも消える。
……いや、消えて無かった。
クリティカルポイントは微粒子並の極小になって私の背後に回り込んでいた。
気付いた時は遅きに失する。
既に私の首に2本の犬歯が突き刺さっていた。
この物語はファンタジーです。
実在する一酸化炭素とは一切関係ありません。




