255 旅立ち
「アイナ……」
姉達から離れたところでぼっちさんが何か言いづらそうに話し始める。
「過去の天珠華を手に入れるって事は、歴史を変えるって事だ。時の修正力がどう働くか分からないが、場合によっては元の時間軸に戻って来れない可能性もある。それは理解しているか?」
「うん……なんとなく分かってた。でも前世のアニメで、時を騙して時間軸を修復したなんて話もあったよね。なるべく歴史を変えずに天珠華を手に入れればまた皆に会える筈だよ」
口に出しては見たものの、やはり不安は尽きない。
この時間軸に戻ってこれなければ、そもそも天珠華を手に入れる意味すら失う可能性もある。
私の行動は本当に正しいのだろうか?
しかし、そんな私の不安を払拭する言葉を白銀の人がくれた。
「時の流れってのは既に決まっているものだ。過去に戻って何かしたとしても、それすらも一連の時の流れの中に組み込まれている。心配せずともここに必ず帰ってこれるよ。私が保証する」
パラレルワールドを作り出してしまう可能性とは別の、時間逆行さえも一つの時の流れに組み込まれているという考え方か。
それもまた時の修正力の一つなのかも知れない。
私が過去に行ってする行動も、既に時の流れの中に組み込まれているんだ。
つまり私は既に過去から帰って来ていて、この時の流れの中にいるという事。
あ……そうか、そういう事か。
今、全てを理解した。
「ありがとう。今、全部分かったよ」
「どういたしまして。ここまでが時の流れの一環だよ」
「そうだね。じゃあ、私もそうする事になるね」
「うん。頑張って」
私と白銀の人だけが理解出来る会話。
いや、ぼっちさんも気付いたようだ。
「なるほどな。そういう事か」
「だね。心配する必要無かったね」
憂いが無くなった私は、何故か全く心配してなさそうな両親の下へ行く。
「お父さんとお母さんは既に知ってたんでしょ。だから何の心配もしてないんだよね」
「いや、知ってるが一応心配はしてるぞ。ただ、既に結果として終わってる事だからなぁ」
「送り出すのは少しだけ心配よ。確かにもう知っちゃってるけど」
白銀の人は助けた人には全て話してたんだろう。
それで両親も偽名を使う必要があったんだね。
卵が先か、鶏が先か。
全ては定められた時の流れの中にある。
「じゃあ特に言う事もないや。ちょっと行ってくるね」
「気をつけてな」
「いってらっしゃい」
両親は100年前に娘を送り出すというのにあっさりしたものだ。
まぁ全てを知ってるなら心配の必要も無いもんね。
「じゃあ行ってきます」
他の皆にも挨拶をして、時間逆行の準備に入る。
「アイナ、俺は無機物だから平気だが、虚数空間に普通の肉体では入れない。毒を生成して本体の方もアストラル体に近づけろ」
「アストラル体なら大丈夫なの?」
「俺の前世とお前の前世はほぼ同年代だろうに、転生した時期に100年以上差があっただろ。霊体は時の流れに沿わない。だから虚数空間に入るにはアストラル体の方が安全な筈だ」
「良く分からんけど、分かった」
ぼっちさんに言われた通りにファンタジー毒で本体をアストラル体に近づけた。
なんか体が半分透けてるんだけど、大丈夫かな?
「『時間逆行魔法』!」
ぼっちさんが魔法を発動した瞬間、ごっそりと私の魔力が奪われていった。
そして、周囲の景色が目まぐるしい早さで、逆再生を始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「じゃあ行ってきます」
100年もの長い旅路への挨拶にしてはやけにあっさりとしたものを残し、少女は旅立った。
残された者達はしばらく呆然と少女が消えた場所を見つめる。
「本当に時間逆行なんてものが出来たのかしら?」
「あの伝説の武器の力は本物。きっと大丈夫」
「そうね。でも100年とは、長いわね……」
「うん。寂しい」
勇者キャサリンと勇者リスイは、可愛い妹分との暫しの別れで、空虚な気持ちに胸が締め付けられる。
しかし2人は時の流れを理解していなかった。
不意に2人の前へ、白銀の鎧を着た者が踏み出した。
そして俄に、白銀に輝く兜を脱いだ。
その素顔を見た2人は驚愕の表情を浮かべる。
「ただいま」
「なんでよ!?」
「帰ってくるの早っ!?」
先程からずっとすぐ側にいた白銀の人は、100年の旅を終えた可愛い妹分だった。
この物語はファンタジーです。
実在する時の概念とは一切関係ありません。




