253 天珠華
「こんな……こんな幻覚で俺を懐柔できると思うなあああぁっ!!」
ライズさんが白銀の人へ向かって駆け出す。
仮令幻覚だったとしても実の両親に刃を向ける事は出来ないのだろう。
狙ったのは幻覚の元である白銀の人。
でもその幻覚、他の人達にも見えてるし、たぶん現実よ?
ライズさんに殴りかかられるも、白銀の人は冷静に対処する。
何かライズさんの左手の動きが不自然だから、きっと武器を隠蔽して隙を覗っているのだろう。
まぁ未来を予見できる白銀の人はそれすらも見抜いてるっぽいけど。
不意に出した白銀の人のローキックが、見えない何かを捉えて弾き飛ばした。
案の定隠蔽されていた武器だったようで、ライズさんは驚愕している。
「な、何故俺の隠蔽を見破れる!?」
「左手の動きが不自然だったからね。私以外にも気付かれてるよ」
私が気付いてた事まで分かってるとは、恐るべし白銀の人。
「少し待っていてくれないかな。もう少ししたら両親の事を説明してあげるから」
「何を待てというんだ?」
「もうすぐ時が満ち、その子が旅立つ」
ん?よく聞こえなかったけど、何か私の方を見たような気がする。
そうこうしているうちに、私の強化毒の効果時間が終了してしまった。
体のサイズも元に戻って、一気に力が抜ける。
「とりあえず一件落着かな?」
そう呟いた時、背後から面倒くさい声がかかる。
「おい、俺との約束を忘れるな。天珠華がまだだろうが」
そういえば元魔導王との約束があったんだった。
元魔導王はそれが目的だったんだもんね。
元天空王も姉に会えた事で矛を収めたようだし、今なら交渉出来そうだ。
「はいはい、今から元天空王に聞いてくるよ」
元魔導王を宥めて、天珠華について聞いてみる事に。
「ねぇ、天空族の国にあるっていう天珠華ってのを譲って欲しいんだけど」
「……唐突に何を言い出すかと思えば。天珠華は渡せない」
「えぇ!?さっきボコボコにした事を怒ってんの?朱雀をダメにしちゃったのは謝るから、なんとか一つだけでも」
「いや、そうじゃない。姉が帰ってきた今、そんなわだかまりも失せた。しかし、天珠華はもう無いのだ」
へ?無いの?
それじゃダメだね……って、そうなると今度は元魔導王と敵対する事になっちゃうよ!
「無いってどういう事?天空族の国にあるって聞いたんだけど?」
「天珠華は赤き月のエネルギーが満ちて凝縮された滴から生まれる。100年周期でしか手に入らなかったものだ」
「え?ちょっと待ってよ、過去形で言うって事は……」
「月のエネルギーが満ちる前にお前が月を破壊したからもう手に入らないという事だ」
やっべぇ……。
私が月を壊した事で手に入らなくなったって事は、元魔導王の怒りの矛先は完全に私に向くじゃん。
どどど、どうしよう!?
「おい、今の話は本当か……?」
ぎゃああああああっ!
元魔導王が後ろで聞いてたあああああっ!
どどど、どうする?
土下座?
土下座だけじゃ無理かも?
これはもう更にその上のあの土下座しかない!
私は高く跳躍すると、鉄の地面に頭部を叩きつけるように土下座で着地した。
周囲にもの凄い音が響く。
「申し訳ございませんでしたあああああっ!!」
誠心誠意謝って許して貰うしかない。
いや、謝っても許される事じゃないと思うけど。
何か代替案は無いかな?
私の毒で代用できる?
いや、たぶん無理だ。
赤き月のエネルギーは私の力を遙かに上回る。
ファンタジー毒で生成しようとしたら、どうあがいても魔力が足りる気がしない。
でもでも、月を破壊しなきゃ天空王を倒す術は無かったし。
龍霊妖魔闘気を使ったとしても、赤き月のエネルギーを得ていた朱雀相手では、私の魔力が先に尽きて敗れてたと思う。
あれしか方法なんて無かったんだよ……。
そっと元魔導王の様子を覗ってみたら、その顔は怒りではなく絶望に染まっていた。
「エレノア……」
リスイ姉のお姉さんだという人の名前を呟く元魔導王。
私はとてもいたたまれない気持ちになる。
「ほ、他に替わりになる方法とかって無いの……?」
「……無い。擬似的な事は試したがやはり本物の天珠華でなければダメだった」
そうすると例え私の魔力が足りてファンタジー毒で偽天珠華を作ったとしてもダメか。
私が月を壊さなければ……。
「アイナ……」
リスイ姉が近寄ってきて私の頭を撫でる。
「エレノア姉さんは元々助からなかったの。それをこの男が無理矢理魔法でエレノア姉さんの体を繋ぎ止めて、助ける方法を探していた。その為だけに魔王になってまで。でもそれは自然の摂理を曲げる程のもの。禁忌に触れてまで助けるべきじゃなかったんだよ。だからアイナが気に病む事なんて何もない」
そういうリスイ姉の瞳は悲しそうな色を秘めていた。
本当はリスイ姉だって元魔導王を批判しつつも、助かるなら助けたかったはずだ。
それを私が壊してしまった。
でもどう償ったらいいか分からないよ……。
その時、ぼっちさんが呟いた。
「方法ならあるぞ……。出来ればやりたくは無いが」




