251 止まらない
もはやただの鉄塊と化した朱雀へと近づく。
おそらく胸部がコックピットへのハッチと思われるので、その部分を力任せに引き剥がす。
そこから覗くと、天空王が顔を青ざめさせていた。
「ば、化物め……」
あら、レディに対して何て失礼なこと言うのかしら?
きっと大猿界でも美少女に違いないのに。
そして天空王が顔を引き攣らせていると、ふいに天空王の頭部が淡い光を放った。
それは光の輪となって天空王の頭から離れ、ふわふわと私の方へ近づいてくる。
「はっ!?ま、待て!!」
慌ててその光の輪を掴もうと天空王が手を伸ばすが、なぜかすり抜けて掴む事は出来なかった。
それはそのままふわりと私の頭の方へ飛び、頭部の兜をすり抜けて私の頭に装着された。
「いだだだだだっ!!痛いぃっ!?サイズ合ってないんですけどぉ!!」
光の輪は私の頭を思い切り締め付けてくれた後、程なくして大猿の頭部サイズに調整された。
なんで一回締め付けた?
私は猿の獣人だけど、天界で悪さとかしてないからねっ!
「緊○……じゃなくて、これって麟器『天空王の小環』よね?」
あまりにも圧倒的な勝利で天空王の心を折ったから、無意識に負けを認めて麟器が継承されてしまったみたいね。
そして、絶望に染まる天空王を朱雀の中から引きずり出す。
「さて、敗北を認めて、もう人族の国を攻めるのは止めて欲しいんだけど?」
既に心も折れてるし首肯するかと思いきや、天空王の目から恨みの炎は消えなかった。
「止める……訳がないだろう。殺されるまで、いや例え殺されても人族を呪ってやるわ!」
なんでそこまで人族を憎んでいるのだろう?
天空族が人族から迫害されてたのってかなり昔の話だと思ってたけど。
こんなにも激情を抱えていたら、止めるには殺すしかなくなってしまう。
麟器は魔王を闇に引き込むようで、私も先程キャサリン姉達を失ったと思い、危うく真なる魔王になってしまうところだった。
ひょっとしたら『天空王の小環』によって悪意が増幅してしまっているのかも知れない。
たぶんだけど天空王の過去に何かあって、それが魔王になった事で膨れ上がったのではないだろうか?
せめて原因を探ろうと自白剤(毒)を準備したが、それは無駄に終わる。
滂沱の滴が天空王の瞳から溢れ出し、口からは人族への怨嗟を吐き出した。
「人族との調和を望んでいた先代の天空王であるあの優しかった姉を、人族は無残に殺した。必ず……必ず私の手で滅ぼしてやる!!」
姉という言葉に、衝撃を受ける。
私が先程受けた心の痛みと同じものを受けたのか。
私の方は白銀の人が守ってくれたから心が壊れずに済んだけど、天空王の姉は……。
これは私には止められない。
気持ちが分かってしまったから。
でも、このまま放っておく事も出来ない。
天空王の体を掴んだまま、私は立ち尽くしてしまった。
「させないよっ!!」
突然白銀の人が私の掴む天空王の背後を蹴った。
天空王の翼を掠めた蹴りは何かに当たり、硬質な金属音を響かせる。
そして何かが飛んで少し離れた金属の地面に突き刺さった。
それはさっき地上で私の心臓を突き刺した武器に似ていた。
「何故気付いた?隠蔽は完璧だった筈だ」
そこに現れたのは、すっかり忘れていたライズさん。
天空族の国でずっと姿を隠して、虎視眈々と天空王の隙を狙っていたようだ。
勇者の証に干渉する魔導具で力が出せなかっただろうに、それでもチャンスを覗っていたとは恐るべき執念だ。
こちらも天空王への恨みは相当なもの。
白銀の人のおかげで一旦は阻止出来たものの、これで終わる訳じゃない。
私は物理で殴るのは得意だけど、こういった精神面のケアなんて管轄外だよ。
「何故天空王を庇う?そいつは人族を滅ぼそうとしているのだぞ。お前らにとっても殺すのが最善だろうが」
淡々と語るライズさんだが、声は怒りからか少し震えている。
勇者達もライズさんの言い分に反論出来ないようだ。
そもそも勇者達は魔王を倒す名目で参戦しているのだから、ライズさんがいかに私情に走ろうとも止める理由が無いのだろう。
「この2人については私に任せてもらっていいかな?何とかするから」
白銀の人が私の方へ向いて問う。
どうぞどうぞ。
私じゃ手に負えないんで。
しかしその白銀の人の言葉に2人がいきり立つ。
「我が恨みを消す事など出来ん!!人族を滅ぼすまで私は止まらんぞっ!!」
「俺は天空王だけは絶対に許さない。無関係の他人に俺の気持ちを動かすなんて不可能なんだよ。これ以上邪魔をするな!!」
姉を殺された天空王の恨みは麟器によって増幅されている。
両親を殺されたライズさんの恨みは、魔王を倒すための勇者の証を得る程だ。
当事者でない者の言葉では、とても動かせるとは思えない。
それでも説得を試みるのかと思えば、白銀の人はどこからか武器を取り出して、2人へ向けて翳す。
「その恨みを知りながらもこの時まで隠さざるを得なかった事は謝罪する。これから起こる事は夢でも幻でもない。現実なのでどうか受け止めてほしい」
白銀の人の持つ武器が何らかの魔法を描いた。
この物語はファンタジーです。
実在する自白剤とは一切関係ありません。




