242 闇落ち
「ああああああああああああああぁっ!!」
「アイナっ!?だ、大丈夫かっ!?」
「どうしたんじゃっ!?」
「えっ?て、天空族の国が無くなっている……!?」
大丈夫な筈と思いたいのに、心を絶望が埋め始めて耐えられない。
勇者達は何かの魔導具の影響を受けてうまく力が使えない状態だった。
もしかしたらその影響で脱出出来なかったかも知れない……。
考えれば考える程、悪い方向へと思考が誘導される。
精神を闇が侵食していく。
ずっと一人で逃げ続けた先に、ようやく見つけた温もりをくれる人達。
奪われた。
奪われた。
奪われた。
憎い。
憎い。
憎い。
憎い。
誰が憎い?
助けられなかった自分が憎い。
弱い自分が憎い。
判断を誤った自分が憎い。
でももっと憎むべき奴がいる。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
誰が殺した?
奴が殺した。
天空王が殺した。
天空王の放った熱射線が大切な人達を殺した。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さないっ!!
心の中で膨れ上がった闇が『麟器』から漏れ出るように、黒いオーラとなって吹き出し私の周りを漂う。
そうだ、この闇を受け入れればいいんだ。
この闇を取り込めばいいんだ。
そうしてあいつを、あの天空王をこ——
「ダメだアイナっ!!それを受け入れるなっ!!」
ぼっちさんが叫ぶが、ただ声が聞こえるだけ。
その言葉は、私の心には届かない。
私に聞こえるのは怨嗟の声。
この怨嗟の声は誰の声?
私の声?
いや、この声は麟器から聞こえる。
歴代魔王達の怨嗟が聞こえる。
絶望を知る者達の声に私は共感する。
してしまった。
どうせ待つ者などいない。
戻る必要も無い。
この闇の中に溶けてしまってもいい。
心地よい負の感情。
昏い鼓動に包まれる。
怨嗟の渦の中で歓喜し、
——そして私は真なる魔王に——
「ならせる訳ないでしょうがっ!!」
突然背後から誰かに抱きつかれた。
人が近づいてくる気配にも気付かない程、心が侵食されていた。
あと一歩。
あと一歩で真なる魔王になって復讐を遂げられるのに——。
しかし、私を包み込んだ柔らかな温もりはそれを許さなかった。
誰?私を抱いているのは?
懐かしい感触。
どこかで聞いた声。
あれ?この声、最近も聞いたような……?
ゆっくりと顔を上げて振り返ると、視界の端に見覚えのある赤い鎧が見えた。
「ミカヅチさん……?」
「ミカヅチって誰よっ!?」
いや、あなたの偽名でしょうが。
興奮しすぎてまた偽名忘れちゃってるし。
と思ってたら、正面からも誰かに抱きつかれた。
「大丈夫だ!全部大丈夫なんだ!だから安心して戻ってこい!!」
正面に顔を向けると、これまた見覚えのある青い鎧の胸元が見えた。
前後から抱きつかれてちょっと苦しいんですけど?
「ハヤテさん……?ちょっと苦しい」
「ハヤテって誰だよ!?」
だからあんたの偽名でしょうが。
こっちも興奮しすぎて偽名忘れてるじゃん。
クリティカルポイントが同じだから絶対同一人物だし。
でも、正面からの抱擁も温かくて心の闇が少しずつほぐれてくる。
……いやだめだ!
許すわけにはいかない!!
この怒りを抑えるなんてダメなんだ!!
あいつだけは絶対に許さないっ!!——
体から再び闇が溢れ出してくる。
制御する術など無く、姉達を奪われた怒りにまた支配されていく。
「ダメよ!戻って来なさい私の娘!!」
「戻って来い俺の娘!!勇者達は皆無事だからっ!!」
……あんだって?
「無事……なの?」
「ああ、白銀が時間を止めて転移させたから誰もケガ一つ負ってない」
白銀の人が助けてくれたんだ。
良かった。
キャサリン姉もリスイ姉も無事なのかぁ……。
頭の中が追いつかなくて、さっき二人が言った言葉がまだよく理解出来ない。
なんか重要な事言ってたような気がするんだけど?
でもそんな事どうでもいいや。
とにかく良かった。
心の闇は晴れた——筈なのに、何故か私の周りをまだ闇のオーラが漂っていた。
行き場をなくしたようにウロウロと彷徨っている。
「あ、あれ……?これ、どうしたらいいの?」
麟器から溢れた闇はまだ私を侵食しようとしているのか、近づいたり離れたりを繰り返す。
皆が無事だと知った今では、私の心に入り込む事も出来ないのだろう。
でもこのままにしておいたら拙い気もする。
「ぼっちさん、どうしたらいいと思う?」
「アイナ、正気に戻ったか。そうだな、後で何かに使えるかも知れないから収納しとくか」
さすがぼっちさん、私には無かった発想だ。
そもそも闇って収納出来るんだ。
ぼっちさんが収納魔法を使うと、私の周りを漂っていた闇は掃除機に吸い込まれるように収納されていった。
闇って埃みたいな物質なの?
「ふぅ……危うく闇落ちするとこだったよ」
「まったく、声が届かなくなった時はどうしようかと思ったぞ」
本当に危ないところだった。
ハヤテさんとミカヅチさんには感謝しか無いね。
あとキャサリン姉達を助けてくれた白銀の人にも感謝。
と少し冷静になれたところで急激に頭が冴えて来て、さっきハヤテさんとミカヅチさんが言った言葉が理解出来てしまった。
「え……?お父さんとお母さん?」




