232 脱出
「ア、アイナ様っ!?そのお怪我はどうしたのですかっ!?」
「おい、早く治療を!!」
「待てっ!今聖属性の魔法を使ってはいかん!」
胸から刀を生やした私が突然現れて、元不死王と元魔導王が混乱している。
ぼっちさんが時間停止魔法と転移魔法を使ってくれたので、命からがら脱出できた。
いや、実は命尽きてるんだけどね。
「いやぁ、不死王の指輪あって良かったよ。心臓止まっちゃったもんねぇ」
そう、不死王の指輪はちゃんと機能していたのだ。
ぼっちさんが『麟器を機能停止させる魔導具』に対してジャミングしてくれたお陰だ。
帝国に一度乗り込んだ時の体験が、ここ一番で効いてくれた。
でも銀で動きを封じられてて、あまり自由には動けない状態には変わりないけど。
そんな私を元魔導王が心配そうに覗き込む。
「お前、今アンデッドになってるのか?」
「そうだよ。まぁ元々ヴァンパイアだったからアンデッドみたいなもんだったし」
「お前の背後を取れる者などそういないだろう。つまりお前を襲ったのは——ライズか?」
「うん。ちょっと油断しちゃってた」
元魔導王は何やら考え込む。
いや、考え込んでないで帝国兵迎撃しなさいよ。
それにしてもまた危ない目に遭ってしまった。
ぼっちさんがいてくれて良かったぁ……。
「ぼっちさん、助かったよ。それに私の意図を汲んでギリギリまで転移を待ってくれてたし」
「いや、すまなかった。俺が背後からの攻撃に気付けていればそんな傷は……」
「あの隠蔽のスキルはかなりのものだったし、しょうがないよ。でもこの機会を利用して相手から情報を引き出せたのは良かったよね。あの人、魔王どころか勇者まで逆恨みで狙ってるみたいだし」
「まあな。獅子身中の虫をあぶり出せたのは僥倖だった。でもアイナを危ない目に遭わせてしまった事も事実だ」
「ぼっちさんがジャミングしてくれたお陰で不死王の指輪もちゃんと機能してたし、問題無いよ」
無機物なのにしゅんとしているのが手に取るように分かる。
あの隠蔽のスキルに対しては誰しも後手に回っちゃうだろうから、仕方無いのに。
とりあえず、銀の刀から何とかしますか。
私は銀を化学変化させるためにファンタジー硫化物を生成した。
銀は殺菌力があるから、たぶんそれでヴァンパイア等のファンタジー世界の化物に効くとされているんだと思う。
つまりその殺菌力というか破魔の力を失わせればいいのだ。
通常の硫化だと黒ずんで光沢を失う程度だけど、私のファンタジー毒はその破魔効果すらも失わせる事が出来る。
毒と触れ合った銀の刀はみるみる黒ずんで行き、ズルリと背中側に抜け落ちて乾いた音を立てた。
銀が無くなった事で魔力の流路が復活し、漸く通常通り動けるようになった。
「ふぅ、やっと自由に動けるようになった」
「お前、ホント何でも有りだな……」
安堵の溜息なのか呆れの溜息なのか解らない溜息つくな、元魔導王。
「なんか生前より体が軽く感じるんだけど?」
「それは魂が半分アストラル界に入った事により、肉体に霊気のエネルギーが付与されるようになった為でしょう。アストラル体となった魂に力を込めれば気や魔力のように力を高める事が出来ます。それがリッチの力の源で、魔法効果等も倍増されますよ」
「へぇ、そんな利点もあるんだね。でもこのままだと体腐っちゃわない?」
「それも大丈夫です。不死王の指輪の効果が発動している状態では、全ての細胞がホルマリンコーティングされますので」
「嫌なコーティングだなぁ……」
「実際にホルマリンが使われる訳ではなく、体の状態を維持する麟器の効果をそう呼んでいるだけです」
元不死王が色々説明してくれた結果、しばらくこのままで行く事にした。
さっきのダメージで魔力や気が消耗しているから、それが回復するまでリビングデッド状態で戦う。
気や魔力を使わない霊気で戦えるし、なんか肉体的にこっちの方が強いのだ。
「おいアイナ、一応白銀の鎧を着ておけ。魔力回復させた方がいいだろ」
「あ、そうだね」
リビングデッドのまま白銀の鎧を着込む。
なんか鎧が若干拒絶したように感じたのは気のせい?
やっぱ神器だから闇属性のリビングデッドとは反発しちゃうのかなぁ?
でも無理矢理着る事は出来たし、ちょっとずつ魔力も回復してるから問題無いはず。
「じゃあ、もう一回トライしてくるね。今度は一人で」
さっきはライズさんに言われて迂回したけど、やっぱり私好みじゃない。
今度は真正面から帝国兵の集団に突っ込む事にした。
この物語はファンタジーです。
実在する硫化銀とは一切関係ありません。




