211 光落ちる
夜行の女の作り出す壁は透明なので視認は出来ない。
更に私のクリティカルポイントは生物相手でないと視えない。
なので、透明の壁は空気や魔素の流れを感知して大凡の位置を把握しているに過ぎない。
それが今、私の四方を囲むように展開された。
「壊せるものなら壊してごらんよ。どちらの魔力が先に尽きるかねぇ」
確かに今の魔力でやり合ったら確実に私の方が先に魔力が尽きてしまう。
相手がスキルを封じられてるからと、強引に行きすぎたせいだ。
白銀の鎧を最初から装備しておくべきだった。
今からでも装備しておこうかな?
「その壁をもっと上空まで伸ばせ」
ふいに天空族が夜行の女に命じた。
「いいけど、何をするつもり?」
「そいつを消滅させる。お前達も防御結界を展開した方がいいぞ」
私を消滅させる?
急に不穏な事を言い出す天空族。
そして夜行の女が透明の壁をずっと上空まで伸ばす。
それは完全に天井を突き抜けているように感じられた。
天井を突き破って逃げるよりは透明の壁自体を破壊した方がいいだろうか?
でも、すぐに修復されたら逃げるのも大変だろうし。
それにしても天空族の言葉も気になる……。
「アイナ!上空にヤバいぐらいの魔力が集まってるぞ!」
ぼっちさんが叫ぶのではるか上空の気配を探ると、多数のクリティカルポイントと共に強大な魔力の高まりも感じられた。
あんな高高度にいるクリティカルポイント群って、天空族の空飛ぶ島じゃない?
その島から下向きに集められた魔力が、元魔王達の技を思わせる程高まっていく。
あれが私を消滅させるための力!?
「ぼっちさんっ!!」
私がぼっちさんに呼びかけた瞬間、光が——落ちた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
閃光が天より降り注ぎ、帝国の城の一部は蒸発した。
結界等の絶対防御を展開していた周囲にいた者達は、暫く目を開ける事は出来なかった。
「な、何をしたのだっ!?」
帝国の皇帝は視界が戻って来たことで、部屋の奥にいる天空族に問いかける。
そして、そこに開いた巨大な深淵に続くかのような穴を見て息を呑んだ。
「我が国の対勇者砲を試射しただけですよ。ご安心ください、射線上にあの魔物以外は居ませんでしたので、被害は建物だけです」
対勇者砲——名称だけでもとんでもない代物であると分かる。
しかしあれだけの衝撃波が襲ったのだ。
いかに射線上にいなくとも、城の倒壊した付近にいた者にはケガ人も出ただろう。
急ぎ指示を出す皇帝を尻目に、他の面々はかの魔物について話し合う。
「対勇者の攻撃を食らえばいかにあの魔物が強力であってもひとたまりも無いでしょう」
天空族は自信満々に語る。
その横で暫く深淵の穴を覗き込んでいた教皇が問うた。
「さて夜行の主よ、あれは何だったのだ?」
それに飄々とした態度で夜行の女が答える。
「あれは例の特異点よ。たぶんあの攻撃でも生きてるんじゃないかなぁ?」
「……何をばかな事を言っている?対勇者砲の威力を間近で見ておきながら」
「うーん、威力とかは関係ないんだよね、あの子の場合。ババア、ちょっと占ってみて」
「どれどれ……あぁ、確かに生きとるねぇ。まぁ魔王でも殺し切れない程の娘じゃ。そう簡単にゃ行かんだろうよ」
「なんだとっ!?」
天空族は先の魔物がそれほどまでに驚異的であるとは認識していなかった。
空での交戦の報告を聞いただけなので、魔王程ではないと勝手に思い込んでいたからだ。
それが夜行のババアが言うには、魔王でも殺し切れなかったと。
天空族の頭に一人の少女の姿が浮かんだ。
何故円卓で見たあの少女を思い浮かべたのか。
だが、まさかと思い、その可能性は否定した。
「しかし、そんな危険な奴だったとは。すぐにでも排除に動くべきか」
「あー、止めといた方がいいよ。下手に手を出すと藪蛇になるだけだから」
「人質なんていう安易な方法で取り込もうとした皇帝があのざまじゃからのぅ。もっとも面白そうだからと止めなかったおかげで、わたしらまで巻き込まれそうになったがねぇ。ヒッヒッヒッ」
「ババア、笑い事じゃないよ。おかげで折角集めた手駒が全部使えなくなったじゃない」
「何、どうせすぐに大きな戦が始まるじゃろ。そこでまた適当に拾えばええ。のぅ、天空族の民よ」
ババアにそう言われて、天空族は眉を顰める。
このババアはどこまで知っているのだろうか?
『赤き落日』については外部に漏らしてはいないはずなのに。
何らかのスキルで看破されているとしか思えなかった。
「ヒッヒッ、安心せい。そんな面白い事が起こりそうなのに、安易に情報を漏らしたりせんよ」
どこまで本気か分からないババアをじっと睨む天空族。
そんな話はどうでもいいとばかりに、教皇は皇帝に尋ねた。
「それよりも皇帝よ。聖女と王国の王女の引き渡しをして欲しいのだが?」
その時皇帝の肩がビクリと跳ねた。
「……すまん。今、逃げられたと報告が上がってきた」




