209 龍化
自分の体を確かめるように元侯爵は交互に両の手を見つめる。
ドラゴンに近いが、手は人のそれに鉤爪を付けたような形状だ。
元が中年太りで腹部がやや大きめだからか、西洋のドラゴンっぽさが出ている。
翼は私が龍化した時よりも小さめで、輪郭はコミカルなファンタジー系のドラゴンのようにも見える。
しかし、顔の厳つさはリアル系ドラゴンで迫力があるという違和感のある姿だった。
「グルル……これが龍化か。悪く無い気分だ」
暴走していないところを見ると、かなりうまく適合出来たようだ。
そうすると戦闘力もそれなりに高くなっているだろう。
しょうがない、私も龍化しとくか。
「『龍化』」
全身を白銀の体毛が覆う様は、『龍化』と言うより『獣化』だけど。
背に生えた雄々しい翼だけがドラゴンとしての威容を顕す。
猿に翼が生えた異形の龍化を見て、元侯爵は私を嗤った。
「クックッ、まさかその無様な変身が龍化だとでも言うつもりか?これは完全に形成が逆転したな。以前、クレグとバズを倒せたのは魔王の力があってこそだろう?今この場に於いてその力は使えない上に、そんな龍化では私の足下にも及ぶまい」
元侯爵が力を誇示するかのように腕を振りかぶり、地面を蹴った。
もの凄い速度で私との距離を一気に詰める。
その動きから、元侯爵の奴隷だったクレグやバズの『龍の嘆き』による龍化より数段強いように感じる。
但し戦闘訓練を行っていないであろう力任せの攻撃は減点だね。
くるりと回転しながら突き出された拳を受け流す。
連続で突いてくるけど、予備動作で軌道がバレバレだし、そうでなくても私にはクリティカルポイントが見えているので全部筒抜けだ。
「なっ、何故当たらんっ!?」
「それは一つ一つの動作が雑だからだね。力任せのパンチを連発したって、数打ちゃ当たるってものでもないよ。当てたいんならちゃんと型を守らないと。こんなふうにね」
私は正拳突きを元侯爵の腹部へと打ち込む。
無駄の無い動きで真っ直ぐに突き出した拳は正確に鳩尾を捉えた。
しかし、
「ふん、その程度の攻撃なぞ痛くも痒くもないわ。龍の鱗を貫くには力が足りなかったようだな」
「そうだね。じゃあパワーアップしよう」
「はぁ?」
元侯爵は忘れているようだが、私にはクレグとバズを圧倒した時に使った『妖魔闘気』がある。
私は妖気と魔闘気を融合させる毒を生成して、自らの腕に打ち込んだ。
爆発的に高まる気が、体から湯気のように立ち上る。
「ぬうっ!?気が高まっているだと!?」
先程と同様に真っ直ぐに拳を突き出す。
武の心得が無い元侯爵は反応すら出来ないようで、吸い込まれるように腹部へと拳がめり込んだ。
「ぐぼあっ!!」
「今度はちゃんと攻撃が通ったね」
「く、くそがあああああああっ!!」
なりふり構わず拳や蹴りを次々に繰り出す元侯爵。
それを逸らし、躱し、いなし、全てを力ではなく技で無効化していく。
そして隙あらば『妖魔闘気』を練り込んだ拳を腹部へ打ち込む。
何度もそれを繰り返すうちに徐々にダメージが蓄積されて、元侯爵の心も折れ始めた。
「な、何故だっ!?こちらも龍化しているのだぞっ!?」
「力だけじゃダメだって、さっき元伯爵が証明してたでしょうに」
大振りになった攻撃の隙をついて、龍化を無効化する毒を順次打ち込んでいく。
5ヶ所目に毒を打ち込んだ時、急激にその変化は現れた。
鱗が剥がれ落ち、皮膚も元の人族の様に戻っていく。
「あ……あぁ……」
頭部が人のそれへ戻っていくと、絶望の表情を覗かせた。
最後に『スキルを消す毒』を打ち込むと、元侯爵は意識を飛ばしたかのようにその場に座り込んでしまった。
次は夜行の2人をと思って見てみれば、既に覚悟を決めたのか抵抗する素振りすら見せない。
しかし目に宿る光はまだ失われていないので、油断する訳にはいかないだろう。
「ババア、本当に大丈夫なんだろうね」
「ヒッヒヒ、今はスキルが消えておるで分からぬが、事前に占った通りであればもうすぐ状況が変わる。もっともその運命の流れすら変えてしまうのが特異点じゃから、確実とは言えんが」
夜行の女と老婆が何かを話している。
スキルを封じておける時間も残り僅か。
何か企んでるのかも知れないけど、バリアのスキルだけはどうしても消しておきたいんだよね。
しかし、そこへ新たな訪問者が現れる。
「まったく、聖女の引き渡しという事で来てみれば、とんでもない状況ですな。それは魔物ですか?」
誰も逃がさないように背にしていた入口から、白髭を生やした聖職者のような衣を纏った人物が入ってきた。
聖女が引き渡される先なんて一つしか無いよね。
おそらく教皇国と関係している人物だろう。
そして更にもう一人。
「どうやら普通の魔物ではありませんね。翼の生えた猿型の魔物、報告にあった空に現れたというアレでしょう」
背に翼の生えた綺麗な顔立ちの人物——天空族だ。




