207 逆鱗
城の見取り図と見比べて、何かがおかしい事に気付く。
残る捕らわれた人質ユユちゃんのいる場所が、どう考えても地下では無い。
つまり牢には入れられていないという事。
寧ろ階段を上った先の広い部屋だ。
そこにはユユちゃんの他にも数人のクリティカルポイントが見える。
「アイナ、完全に待ち構えてるぞ」
「分かってるよ、明らかに罠だってね」
「対策は?」
「罠ごとぶっ飛ばす」
「だと思ったよ」
油断は禁物だけど、臆病は機会を逃す。
前世の国では、「いつやるんだ?」と聞かれたら誰しもが「今やろ」と答えていた。
拙速でない兵は敵よりも大敵であるのだ。
敵がいると分かりきっている部屋の扉を、勢いよく開けた。
ここまで来たならもう忍ぶ必要も無い。
そもそも相手方もこちらの動きは把握していたようだし。
「思ったより早かったな。お前がアイナか」
尊大な態度で問う人物が、その部屋に置かれた一番立派な椅子に座っている。
玉座に座る人物、彼が皇帝なんだろう。
でも、そんな人の事など目に入らない程の衝撃的な光景が私の脳を支配する。
玉座の横に十字に組まれた木材が立っている。
そしてそこに磔にされている幼い少女——ユユちゃん。
暴行を受けたらしく衣服の隙間から痣が見える。
その額から赤い液体が流れているのを見た瞬間、私の中の何かが切れた。
「……ぼっちさん、時間停止して」
「……何秒要る?」
「1秒で十分だよ」
世界の全てが一瞬だけ止まる。
ユユちゃんを救出し、その場にいる全員に毒をぶち込むのに1秒は多過ぎた。
怒りが私の魔力を増幅し、身体能力が限界を超えて跳ね上がってしまっていた。
救出したユユちゃんを直ぐに回復薬(毒)で回復する。
「あれ……?アイナお姉ちゃん……?」
若干虚ろな目で私の顔を安堵したように見るユユちゃん。
「もう大丈夫だからね。先に皆のところに帰ってて」
「え?う、うん……」
まだ混乱している様子のユユちゃんをドアの向こうの我が家へ送ると、この部屋にいるバカ共を睨むように振り返る。
「なっ!?今、何をしたっ!?」
皇帝らしき男が、人質を解放されてしまった事に狼狽える。
それに伴って周囲に居た見覚えのある連中が警戒を顕わにする。
「だから言ったじゃない。特異点を敵に回したら破滅するって」
夜行の首領の女が呆れたように皇帝に言った。
「もう儂らも破滅じゃのう。スキルが使えなくなっとる」
夜行にいたババアが手のひらを開閉しながら、溜息をつく。
「何をしたか知らないが、スキルが使えなくとも魔導具は使える!」
伯爵家にいた仮面の男が何かの魔導具を取り出した。
それは最近見た魔導具にそっくりのものだった。
銃口を私の方へ向けて引き金を引くと、魔力で生成された石礫が私へ向かって飛来する。
ヤスガイアさんが何をされたか分からなかった魔導具ってのは銃の事だったか。
常人ではとても目で追えない速度で迫る石礫。
私はそれを素手で掴んで粉々に砕いた。
「ば、ばかな……」
この仮面の男の流路、どこかで見た事があると思ったらルールーが奴隷だった時に付いて来ていた叔父の部下だ。
確かゲイツだったかな?
私を闇王国に転移させた人。
まさか仮面の男も私と因縁がある相手だったとは。
「私の『自己回復』も使えなくなっているが、問題無い。既に私の力は勇者以上なので、スキルの有無は関係ないからな」
そう言って私へと殴りかかる元伯爵。
その拳をグーで殴り返すと、元伯爵の拳は砕けて骨が飛び出した。
「ぐあああっ!?わ、私の膂力は勇者を越えているはずなのにっ!?」
膂力だけ勇者を越えたってダメなのは、ずっと前にミノタウロスが証明しているよ。
「あれは化物だ!もう奥の手を使うぞっ!!」
元王国の侯爵が何かの魔導具のスイッチを入れた。
急に私の体が重くなる。
「どうだ、魔王が持つ『麟器』を停止させる魔導具だ。お前が『麟器』を持っているという情報を掴んだので準備していたのだ。これで魔王としての力も使えまい!」
へぇ、そんな魔導具もあるんだ。
どうやらこの室内全体に仕掛けられているらしい。
確かに対魔王としてはいい魔導具なのかも知れないね。
私の力が弱まったと見て、元伯爵が再び殴りかかってくる。
突き出された逆側の拳を先程と同じようにグーで殴り返すと、やはり元伯爵の拳は砕けて骨が飛び出した。
「ぐあああああっ!?ほ、本当に弱ってるのかこの娘は?」
元伯爵が受けたダメージを見て、元侯爵はたじろいだ。
「力の差が有り過ぎて手加減が難しかったんだよ。これで本気でぶん殴れるね」
私の言葉を聞いた室内の敵達は一斉に青ざめる。
いつも飄々としていた夜行ですら私のオーラに当てられて顔が強ばっている。
もう怒りが高まりすぎて、逆に心が冷えて来てるんだよね。
私は今、虫けらを見るような目を向けている事だろう。
先程使った毒はスキルをジャミングする毒だけど、効果は10分で切れる普通の毒だ。
一瞬で注入出来る毒にすると永続的後遺症を付与出来ない。
でもそれで十分だ——自分達の行いを後悔させる時間には。
「身体的特徴としての逆鱗は無いのに、こんなにも感情を逆撫でされるとは思ってもみなかったよ。あんたらは龍の逆鱗に触れたんだ。しかもよりによって龍王の逆鱗にね」
この物語はファンタジーです。
実在する回復薬とは一切関係ありません。




