204 舞い降りる魔物
帝国内の反乱軍本部に激震が走った。
空から異形の魔物が舞い降りた事で場は混乱を極める。
猿のような体毛で全身が覆われており、背中には大きなドラゴンを思わせる翼が生えている。
白銀に煌めくその姿は、神々しさとともに畏怖を覚えるだろう。
その場にいる全員が武器を構えているのに魔物は全くそれを意に介さない。
キョロキョロと周囲を見回す仕草は妙な愛らしさがあるが、体から溢れ出る強者のオーラがほっこりする事を許さなかった。
暴れ出す気配も無いし、あえて手を出さない方が凌げるのでは?と、その場に居合わせた皆は攻勢に出れない自分自身に言い訳する。
しかし状況はそれを嘲笑うかのように新たな事実を突きつける。
「ここが反乱軍の本部?」
「……シャベッタアアアアアアアっ!?」
人語を解する魔物とは、それだけで高位であるとされる。
喋れるというのは本来であれば交渉の余地があるという事だが、この場合はそれに当たらない。
その知力は多くの生物を屠って成長して来た証でもある。
つまりそれは、この魔物がかなり好戦的であるという事も示しているのだ。
その場は緊張で凍り付いた。
一触即発かも知れない、何が逆鱗に触れるか分からない。
失言は許されない。
また、返答の遅延すらも許されない。
即答しなければならない状況に於いて、ここはあまりにも人が多すぎた。
誰しもが、誰かが言ってくれると期待する。
集団心理が足を引っ張り、周囲を押しのけて一歩踏み出す者が中々出てこない。
「ねぇ?何か反応してくれない?」
魔物様がお怒りだ。
反乱軍の皆はもうそこが焦土と化す事を覚悟した。
そんな中、一人の浅黒い肌の大男が現れる。
「何事だ?」
そこに集う人々が道を開けると、ノシノシと音がするような大股で歩いてくる。
しかし、その大男であってもそこにいる異形の魔物を見た瞬間に顔を引き攣らせた。
「えっと、あなたが反乱軍のリーダー?」
外見からは想像も出来ないような、まるで幼い少女のような声色で話す魔物。
そして何故この魔物はドアを抱えているのだろうか?
何もかもが歪な組み合わせの魔物に、その大男は応える。
「あ、ああ……俺が反乱軍を取り纏めている」
帝国が送り込んで来た刺客である可能性も捨てきれないが、素直に応えなければ余計な犠牲が出るかも知れない。
大男はそう判断し、最悪自分が魔物と交戦している間に皆を逃がす算段を決めた。
しかし、その魔物が次に発した言葉で大男は益々混乱する。
「帝国の騎士団長から、あなたが私に会いたいと言ってると聞いて来たんだけど?」
「……はぁ?」
つい先程、以前から内通していた帝国の騎士団長から連絡が有り、一人の少女が帝都に向かうのを援助して欲しいという内容の手紙を貰った。
それによればその少女は勇者の妹分で、桁外れの強さを持つと言う。
そんな存在をバックアップ出来れば、帝国の腐った上層部に一泡吹かせる事が出来るかも知れないと喜色を浮かべたところだった。
しかし手紙には、容姿は10歳ぐらいの麗しい少女であると書かれていたのだが……。
まさか、こんな魔物が来るとは予想すら出来なかったのである。
「あんたの名前を教えてくれ」
「アイナだよ」
名前が一致してしまった。
避けようが無い事実に大男は頭を抱えたくなる。
「確かにアイナという少女が訪ねてくる事にはなっている」
「うん、だから来たよ」
あくまでも自分がそうであると譲らない魔物に、大男の方が折れた。
「……分かった。ここでは話しにくいので、ついて来てくれ」
「ほーい」
容姿と口調が全く合っていない魔物は、反乱軍のリーダーである大男に連れられて本部の会議室へと歩いて行った。
その様子をじっと見守った面々は、その姿が建物の中に消えた後もじっと息を呑んで静かに耐えた。
何かがあの魔物を刺激してしまったら、間違い無くこの一帯は吹き飛ぶだろう。
故に噂話をしたい衝動を上回る防衛本能が、その場の静寂を保った。
場所を会議室へと移したところで、大男は椅子に座り、魔物にも席を勧める。
そして、大男はまず一番気になっているところから聞く事にした。
「失礼を承知で聞く。出来れば怒らないで欲しいのだが、どうしても確認しておきたい」
「何かな?私はそれなりに寛容だと自分では思ってるから大体の事は大丈夫だと思うけど」
「その……魔物の様な姿が真の姿なのだろうが、そのままだと部下が怯える。人化する事は出来ないのか?」
「……あっ!龍化したまま来ちゃった!ごめんね、こっちの方が本当の姿だから」
そう言った魔物は一瞬輝き、光が収まると黒髪の歳若い少女が現れた。
「最初からそっちの姿で来いよ……」
大男はその場で完全に脱力した。




