002 神
「遅いな……」
伯爵家の私兵の一人であるゲイツは、令嬢が教会に入ったまま一向に出て来ない事に不信感を覚え始めていた。
令嬢アイナは現当主である伯爵の兄の娘。
しかし、伯爵の兄は爵位を継がすに冒険者となったので、その娘は貴族籍ではない。
そんな傅く必要すらない相手の心配などもちろんしていないのだが……。
主である伯爵が、令嬢が得たスキルを使って逃亡する可能性を考慮して、索敵スキルを持つゲイツを護衛の名目で同行させたのだ。
ところが、教会は『スキル付与』の儀式を神聖視しているため、部外者は儀式の間は中に入る事が許されない。
仕方なく正面の門の前で待っているのだが、やけに時間がかかっているので、何かおかしいと思い始めたのだった。
(自分のスキル付与の時はここまで時間はかからなかったはず……。
教会には結界が張られていて、内部まで索敵は出来ない。
裏口から逃げた気配は無いが……一応確認してみた方がいいか?)
ゲイツは教会の門番に儀式が終わったかどうか確認してほしい旨を告げる。
今日は伯爵家の令嬢一人だけなので、他にスキル付与をされている人はいないはずだ。
門番も妙に時間がかかっていると不思議に思っており、すぐに確認に向かってくれた。
数分後、確認して戻ってきた門番の言葉に心臓の鼓動が跳ねる。
「儀式は既に終わっていて、ご令嬢はお帰りになったそうです……」
「はあっ!?」
——そんなはずはない!
正面からは出てきていないし、索敵スキルにも何の反応も無かったのだから。
ゲイツは考えを巡らせる。
余程有用なスキルを授かって、索敵をかいくぐったのか?
あるいは教会が匿っており、こちらが動くのを待っているのか?
いずれにしても、この伯爵領の領都からすぐに出ることは出来ないはずだ。
まずはスキル付与を行った神官に話を聞くことにした。
「いかがしましたか?」
スキル付与をした神官を呼んでもらったが、以前会った時と雰囲気が違うと感じた。
(何か違和感がある……いや、逆に違和感が消えたような?)
「今日、伯爵家の令嬢がスキル付与を行ったはずだが?」
「はい。スキル付与を終えられて、もうお帰りになられました」
神官は飄々と返事を返してくるが、どうにも怪しい。
「私は令嬢の護衛の者だが、正門からまだ出て来られないのだ。まだ教会の中にいるのではないか?」
少し威圧気味に聞き返すも、
「そうですか?おかしいですね」
などと軽く躱す。
明らかに不信だ……。
それに、どうにも違和感が拭えない。
彼はこんなにも若々しかっただろうか?
そんなことが何故か妙に気になってしまう。
「ちなみに令嬢はどんなスキルを得たのだろうか?」
「それは私にも分かりません」
「ランクは?」
「ランクなどでは、あの方を測れませんよ」
「どういう事だ?」
「正に髪……とだけ言っておきましょう」
——っ!?『神』だと!?
それは神の領域に至る程のスキルだったと言う事だろうか?
あんな平民の小娘が……いや、少なくとも父親は貴族の血筋なのだ。
場合によっては強いスキルを得た可能性も否定は出来ない。
神官を押しのけて急ぎ教会の中へ飛び込むも、そこに令嬢の姿は無かった。
気配も無い。おそらく裏口から逃げたのだろう。
「ちっ……!」
教会相手に責任を問うている暇は無い。
さすがに領都外へ出れる程の時間は経っていないはずだとは思うも、先ほどの神官の発した『神』という言葉に焦燥感が募る。
こちらの追跡能力を遙かに越えたスキルを所持しているかも知れないのだ。
もし瞬間的に長距離を移動できる手段を得ていたら?
いやな汗が背中を伝う……。
ゲイツは失態を取り戻すべく駆け出した。