018 伯爵
伯爵邸の一室では、この館の主シュバイネ・フライシュ伯爵と老婆が向かい合って座っていた。
全身を覆うローブにフードを被っている老婆は顔すらもよく見えないが、怪しい雰囲気を漂わせている。
伯爵がかなり黒いルートから手を回してようやく来訪してもらえた人物だ。
「ヒッヒッヒッ。金さえ貰えればどんな事でも占ってやるよ」
先日、兄の娘——姪にあたる小娘に逃げられてしまった。
その時に失態をおかしたゲイツの話では『神』のごときスキルだったとの事。
小娘一人程度逃げられてもどうという事も無いと思っていたが、有用なスキルを持っているとなれば話は違ってくる。
奴隷にして他の貴族への牽制に使うも良し、高値で売り飛ばすも良し。
せっかく手に入れていた便利な道具を失うなど、許し難い事だった。
「アイナという金髪碧眼の娘の居場所を占って欲しい。私の姪だ」
「ヒャッハッ!態々私に頼むとは、余程後ろ暗い理由があるのかのぅ?」
「……血縁者を探したいと思う事がおかしな事か?」
「フヒェヒェ。別に理由はどうでもええよ。私が面白いと思うただけよ」
怪しい笑みを浮かべる老婆に、伯爵は嫌悪感を隠しきれない。
別にその程度の後ろ暗い事など、どの貴族もやっている事なので痛くも痒くもないのだが、態々声に出して言うのは憚られるのだ。
「余計な事はいいから、早く占ってくれ!」
「ほいほい。今やってやるよぅ」
飄々とした態度で荷物の中から水晶玉を取り出す老婆。
それを手前のテーブルに置き、皺が年輪のように刻まれた手をかざした。
水晶玉が淡く光り、数度明滅する。
「ほうぅ……、随分辺鄙なとこにおるのぅ」
「どこだっ!?」
慌てて伯爵が声を荒げる。
「まぁ慌てるでないよ。……西の獣人国付近の山の中。しかし、どこへ向かって進んでおるのかは分からんのぅ」
「どういう事だ?獣人国へ向かおうとしているのではないのか?」
「北へ向かったり南へ向かったり、何故か獣人国に入るそぶりは見せておらんな」
「進路を変えて追跡されないようにしているだけだろう?まぁいい。居場所さえ分かれば何とでもなる」
兵士に命じて追わせようと立ち上がった伯爵を、老婆は制する。
「止めておいた方がええ。この娘、スキルランクはFだがもうお前さんの手に負えんようになったわ」
「手に負えないとは、スキルが成長したという事か?Fランクなんてせいぜい逃げるのがうまくなる程度だろうが」
「スキルは使い方次第じゃ。もっとも手に負えんというのは別の理由じゃがな。数日前ならなんとかなったかも知れんが、もうこの娘を捕らえるには国を動かさなければならんレベルじゃろうて」
そんなばかなと伯爵は呆れる。
スキルを得てからまだ1ヶ月すら経っていないのに、あり得ないとしか思えないのだから。
しかしこの老婆の占いは、怪しくはあるが間違いなく一級品。
言ってる事に間違いはないのだろう。
神官が小娘のスキルを『神』と評したという事だし、何か特殊な能力にでも目覚めたのだろうか?
「忠告しておくぞ、手を出すのであれば全てを失う覚悟でな。ヒッヒッヒッ……」
黙して否の返答とした伯爵に、歪な笑みで応じる老婆は実に楽しそうだ。
伯爵は考える。
万が一を想定してAランクのスキル持ちを手配する必要があるかと。
あまり借りを作りたくはないが、自身の属する侯爵派閥の奴隷を借りるしかないだろう。
そして老婆は伯爵邸からの帰り道、独りごちる。
「新たな魔王に、異世界の勇者召喚……。世界の均衡が崩れて、楽しくなりそうじゃわぃ。ヒッヒッヒッ」




