170 コール
漆黒の森を歩く2つの影。
その影すらも周囲の闇に溶け込むような昏き島は、たとえ勇者であっても踏み込むのを躊躇う不気味さに満ちている。
昼間であっても不気味な蠢く闇が日の光を遮って、まるで陽である場所を許さないかの様だ。
だが、陰鬱な気分になってしまう不快な場所の奥に奴はいる。
「なんでよりによってこの島に来てるのかしらね、あいつは?」
女性のような話し方からは想像も出来ない程筋肉隆々のゴツい体格の男性が呟く。
それに追従する小柄な女性は歩を進めながら応える。
「それを調べる為に来てる」
「まぁそうなんだけど。長いこと家を開けるのが心配だわ」
「一応あの2人にお願いしたから大丈夫……なはず」
「そうそう、大丈夫って断定できないのよね〜」
「カクゲンのドスケベも心配だけど、アイナのやらかしはそれ以上……」
「つい先日もドラゴン狩りとかやってくれちゃったし。あの発想、どこから来るのかしら?」
先日の龍王との会談であわや大惨事の一歩手前までやらかした事を思い出し、溜息をつく。
「でもアイナに出会えた事で魔王達の怪しい動きを捉えた事も事実」
「そうね、なんだかんだあの子の行くところが要所になってるし。でも、ちょっと怖い気もするわ……」
「うん。だから無理言ってでもアイナに勇者を2人もつけた」
「裏の社会じゃ『特異点』なんて呼ばれてるらしいからね、あの子」
「あまりいい感じはしないけど、言い得て妙」
「まぁ今は遠く離れてしまってるから、私達に何か降りかかる事もないでしょうけど」
暫し離れている妹分を肴に、ようやく目的地に辿り着く。
「さてお喋りはここまでよ」
「分かってる。もう気配も捉えた」
追ってきた相手——魔導王と呼ばれる魔王の一柱がこの先にいる。
恐らくもう一人の魔王も。
闇の靄でできた黒き扉に手を掛ける。
その先はまるで異界のような荒れた廃墟で、普通ならここに住もうなどとは思わないような場所だった。
しかし、この島を治める不死王は寧ろ好んで住処としていた。
「来たかキャサリン、リスイ……」
「ようやく会えたわね、魔導王」
「貴方には聞きたい事が山ほどある」
キャサリンとリスイと呼ばれた勇者達はようやく会えた魔王を睨む。
「おいおい、この場の主には挨拶も無しかえ?全く失礼な訪問客だの」
「あんたには後で聴くわ」
「ほーう、まあええけどなぁ」
ここの主である不死王はつまらなそうにぼやく。
苦労してこの不気味な島の中枢まで漸く来れた。
さて、これから魔導王を問い詰めよう——とした矢先、勇者達と魔王達の付近で鈴の音が鳴り響いた。
「一足遅かったようだな。円卓の召集コールだ」
円卓の盟約により、魔王・勇者間で諍いがあった場合、魔王と勇者双方の全員が揃った上で話し合いによる解決を図らねばならない。
本来であれば今回の件も円卓による話し合いが必要な案件ではある。
しかしキャサリンとリスイは、極力円卓の召集を使いたくはなかった。
勇者である2人の妹分が魔王の後継者という微妙な立ち位置にいるためである。
召集すれば必然的にあの子が円卓のメンバーに晒されてしまい、余計な危険に巻き込む可能性があるのだ。
過保護な2人は、まだまだ勇者から見れば脆弱な妹分を何とか守りたかった。
しかし、コールは行われてしまった。
キャサリンは何とか妹分を守る為に立ち回らねばと思考を巡らす。
一方、リスイはそのコールの光を見て目を見開いた。
円卓の召集は魔導具によって呼び出し音を遠方に響かせるのだが、その際魔導具の使用者の名前も光で表示される。
そこに記されている名は……
「なんでアイナが円卓の召集を……?」
その呟きを拾ったキャサリンもそれに気付く。
「またやらかしやがったわね、あの子っ!……説教決定っ!!」
今回の円卓の会議は、始まる前から早くも混迷の様相を呈しているようだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
眼下に雲を収める不可思議な景色。
それははるか天空を漂う城だから見れるもの。
その城の一室で、踏みしめる地より下を流れる雲を眺めながら天空人の王は目を細めた。
「無粋な人族の世はもうすぐ終わる」
背中に白い翼を携え、金色に輝く髪と瞳を持つその姿は神域の住人を思わせる。
しかし、その心に灯るは人に対する憎悪の闇。
遙か太古の昔には天使と崇められた姿を持ちながらも、今は魔王と呼ばれる要因はそこにあるのかも知れない。
その部屋へ一人の天空人が入室する。
「『赤き落日』の計測がほぼ完了致しました。後はその日を待つだけです」
「そうか……。対勇者の装備の方は?」
「滞りなく進んでおります」
男性的でありながらも絶世の美しさを持つ王の口元が満足げに歪んだ。
それと同時に天空の王の下へ一つの鈴の音が届く。
「円卓の召集か……丁度良い。盟約などどうでもいいが、終末は美しく訪れるべきだからな」
天空を漂う城の遙か上空から、醜悪に染まったその顔を月が見下ろしていた。




