161 龍の嘆き
バズが剣を構えて前に出る。
「どうやったのか知らねーが、昨日とは別人みてーだな。これは俺も本気出さねーとかぁ?」
地を這うように低い姿勢で私との距離を詰めるバズ。
下段から振るわれる大剣が迫るが、身体を捻って躱す。
しかしバズの持つ剣は、スキルによって見た目からは想像もできない程軽量化されている。
それが物理法則を無視したように翻って私を追従する。
それを私は、剣の腹を叩いて逸らした。
若干体勢を崩しつつも攻撃の手を止めないバズはそのまま突きや払いを繰り返すが、それらを全部見切った後バズの横腹に蹴りを入れた。
「ぐうっ!」
そして顔面に拳を連続で打ち込む。
「ぐっ!がっ!」
「馬鹿な……私のスキルの範囲にいるバズを子供扱いだと!?」
侯爵はジリジリと後退して、後ろの壁に当たった事で自分が無意識に逃げ出そうとしていた事に気付いたようだ。
そして悔しそうに歯を食いしばる。
かなり気が減ってしまってるけど、このまま制圧できるかな?——と思ったところで、この広間に入って来る新たな影に気づいた。
「みみみ見つけた……!わわわ私のスキルをけけけ消した奴!!こここ殺してやるるるぅっ!!」
妙な声の方を見ると、そこに立っていたのは異形の存在。
辛うじて人型ではあるが、赤い鱗に覆われ大きな尻尾も生えていて、頭部の骨格はドラゴンに近い爬虫類っぽい形状。
トカゲと呼ぶにはあまりにもあちこちが隆起してたり陥没してたりで、定形を保てていないようだ。
そんな姿形からは全く分からないが、スキルを消したという言葉から察しがつく。
変わり果てた姿で現れたのはクレグ——侯爵の側近の女。
「ウガアアアアアアっ!!」
咆哮とともに一瞬消えたように見えたけど、クリティカルポイントで視えていた私はすぐにその場を飛び退く。
しかし完全には躱しきれずに衝撃波で吹き飛ばされてしまった。
減っててもそれなりの気でガードしたのに防ぎ切れなかったとは……。
透明になれるだけの人だったと思うけど、完全にパワータイプへと変貌している。
『あれはまさか“龍の嘆き”か……?』
『カク爺、何その“龍の嘆き”って?』
『最近巷に出回っとる能力を底上げすると言われている物で、龍の肝を材料にした危険な薬じゃ』
なんか聞いた事ある気がする。
何で聞いたんだっけ?
『キャサリンとリスイが今調べとるじゃろ』
『あ、そっか。ミノタウロスが使ってた薬ね。ミノタウロスは“限界突破薬”って呼んでたけど』
『確かに限界突破するんじゃが、人族が使うと体が耐えきれなくなって歪に龍化してしまう。その姿から通称“龍の嘆き”と呼ばれるようになったんじゃ』
なるほど。
でも何でそれをクレグが使ってるのか。
スキルが使えなくなって、新たな力を欲した?……って、私のせい!?
「かかか躱された。ででででも、次はもっと本気で行くくく!」
「ミノタウロスみたいに自力が強い奴が使うと魔王級になっちゃうんだっけ?この人も結構な使い手だったからかなり強くなってるなぁ」
「ふ、ふはははっ!クレグはスキルが使えなくなったが、薬を使ったおかげでより役に立つようになったわ。私のスキルでブーストすればもうお前に勝ち目は無いぞ!!」
「確かにもう気だけじゃちょっと大変かもね」
『カク爺、魔闘気使うから九曜と一緒に離れてて』
『小僧、下がるぞ』
『わ、分かった』
カク爺と九曜が下がったのを確認してから、体内の気に魔力も練り込んだ。
私は魔力の方が圧倒的に多いので、気と魔力が均一になるように魔力は抑え気味に調整して。
混ざり合った気と魔力を体中に巡らせると、溢れ出す魔力の波動が揺らめく赤いオーラを作り出した。
「今度は気だけじゃなくて、ちゃんと魔闘気だよ」
私のオーラを見て一瞬怯んだクレグ。
だがそれを侯爵は許さなかった。
侯爵のブーストを受けて筋肉が不気味に隆起し、クレグは苦しそうに顔を歪める。
「グガガっ……。かかか体が壊れる……」
「さっさと行けっ!今のお前なら魔闘気だろうが弾き返せるはずだっ!!」
侯爵の命令には背けないのか、クレグはギロリと私を睨んで襲いかかって来た。
まるで瞬間移動のように距離を詰められるが、それも私には見えている。
クレグの振るう変形した腕を魔闘気で強化した手で掴む。
それを振り払えないと悟ったのか、今度は頭突きで攻撃して来た。
私はそれを同じく頭突きで受け返す。
ぶつかり合った頭部の先から、ゴンッ!という大きな音と衝撃波が周囲へと飛んだ。
「ガアアアアアッ!!」
狂ったように何度も頭突きを繰り返すクレグ。
もう武の形も何も無い戦い方で、力任せに攻撃をしているだけだ。
でも一撃一撃が重く強力な攻撃で、これは魔闘気を纏ってなければやられてたかも知れない。
私は一旦距離を取る為に掴んでいた腕を引っ張ってクレグを投げ飛ばした。
そこへ隙を突いたバズが襲いかかる。
勢いを乗せた大剣が私の首筋へと振り下ろされた。
しかし首に当たった剣は鈍い音を響かせただけで、私の体に傷一つつける事は出来なかった。
それを見たバズは驚きに目を見開く。
「ば、化け物め……」
いや、あんたの相棒の方がよっぽどヤバい姿になってるけどね……。




