153 消去
とにかく相手の動きを止めないと逃げる事すら出来ないよね。
とすると圧倒的制圧が一番いいか。
丹田に気を溜めてそれを解き放つと、全身から白銀色の体毛が伸び、一気に獣の姿へと変貌を遂げた。
猿に獣化した私は、全力で地面を蹴り瞬く間に相手と接敵する。
「ぐうっ!!」
バズの脇腹に私の拳が食い込み、そのまま吹き飛ばした。
「この嬢ちゃん獣人なのっ!?」
続けざまに驚いてるクレグへも接近し蹴りを放つが、素早く避けられてしまった。
しかし、その避けた先に私のファン○ルが待っている。
「がっ!?」
クレグの右肩を貫くも、すぐに引き抜いて逃げられてしまう。
戦闘慣れしてるからか多少のダメージでは怯まないのも厄介だね。
そして、かなりダメージを与えた筈のバズも何事も無かったかのように起き上がってきた。
「ふぅあぶねぇ。ブーストの内側に居なきゃ内臓までいっちまってたな」
獣化した一撃を食らって立てるって、どんだけ強化されてんのよ?
強さ的には勇者の弟子である閃紅姫レイアさんと同等ぐらいかな?
これは巨大化しないと勝てないかも知れない。
「それにしても獣人だとはなぁ。見た目もそこそこだし、もうちょっと早く出会えてれば売り先もあったのによ」
バズの放言に私の中の何かがざわめいた。
獣人を……売る?
「その売り先ってダンテ・ゲファレム伯爵じゃないでしょうね?」
「お?良く知ってるな」
やっぱりか。
あの奴隷を切り刻む変態伯爵に……。
「今獣人国は帝国が攻め入ってて情勢不安定だから、王国に逃げてくる獣人もけっこういるんだよ。そいつらを捕まえて伯爵に売るといい金になったんだが、突然伯爵いなくなっちまってよぉ」
「あんた達が獣人を奴隷にしてたのか」
「まぁな。反抗的なのは殺しちまったがな。くくくっ」
左腕の振動。
獣王の腕輪の怒りが私の中に入り込んでくる。
大丈夫だよ、私もちゃんとブチ切れてるから。
でも、ただこいつらの命を奪っただけじゃ足りないよね。
最大限に苦しむように究極の嫌がらせをしてやらなきゃ気が済まない。
今の私の魔力じゃ1人相手が限界だと思うけど、いずれ必ずこいつら全員に報いは受けさせるから、もうちょっと我慢してね獣王の腕輪。
「バズ、あんまり挑発しないで。こいつ毛が逆立ってるよ」
「ああん?満月でもねぇんだから大丈夫だよ。ブーストの範囲内にいれば獣化してる獣人だって敵じゃねぇ」
「おい、クレグ、バズ。あまり時間を掛けるな。儂の魔力だって無限じゃないんだ」
「分かりましたよ」
「了解」
余計な心配だよ侯爵。
すぐに終わらせる——私が。
両足に全力で気を込めて、右手に持つ針には全力で魔力を込めて、私は音を置き去りにした。
「えっ!?」
突然目の前に私が現れた事で一瞬呆けたのはクレグ。
そのクレグの鳩尾のクリティカルポイントへ毒針を突き刺し、ズブリと刺さった針の先から大量の毒を流し込んだ。
「くっ!離れろぉっ!!」
クレグの振り回した腕に当たって私は吹き飛ばされてしまうが、私の仕事はもう完了した。
ただ、逃げる体力が残ってないのがかなりヤバいけどね。
「今の攻撃は危なかったけど、それが全力なら今度こそもうお終いよ」
勝ち誇るクレグに向かって私はにっこりと微笑んだ。
「終わりはそっちだよ。今後の人生スキル無しで頑張ってね」
「はぁ?」
私の言葉を聞いたクレグはおそらく『透明化』のスキルを発動しようとした。
しかし姿には何の変化も無く、そのまま唖然として立ち尽くすのみ。
「ス、スキルが使えない……?何でっ!?何で姿が消えないのよおおおおおおおぉっ!?」
発狂したかのように叫ぶ声が部屋中に響き渡った。
「マジか……スキルを消したぁ?」
バズもその異常事態にようやく理解が追いついたようだ。
正確にはスキルを消したのではなく、ファンタジー毒でスキル情報をジャミングした。
スキルは、たぶんだけど魂に書き込まれているんだと思う。
だから遺伝子情報を2回も書き換えた私の体でも、変わる事なく毒針のスキルが使えた。
つまりスキルに直接影響を与える毒を生成するとしたら魂に干渉するレベルの毒が必要になるということ。
魂に干渉ってのは対ゴーストを想定してた時から何となくはイメージしてた。
でも実際にやってみるとアホ程魔力を消耗する——って言うか私の魔力量では無理だった。
魂っていう抽象的な物に対する毒は必然的に何でも有りのファンタジー毒に頼る事になるし、たぶん本来の理の中では触れないものなんだろう。
ただでさえ私のイメージを補完してくれるファンタジー毒は魔力消費が大きい上に、理を無視するとなると膨大な魔力が必要になる。
なので、書き換えるような複雑な作業ではなく、使えないようにジャミングでぐちゃぐちゃにしちゃえばいいのである。
高性能なCPUでも接続するピンが1本曲がっただけで、もうまともに演算出来なくなるのだから。
一時的にジャミングしただけだと10分で元に戻るので、後遺症が残るレベルの毒を生成する必要もあった。
その為、たった一人にそれを施しただけで私の魔力は枯渇してしまったのだ。
「バカな……スキルを消せるスキルなどあっていいはずがない!バズ、そいつは危険だ!今すぐ殺せっ!!」
侯爵が慌ててバズに命令すると、意識を切り替えたバズがこちらに剣を向ける。
ヤバい、体がまともに動かない……。
「主様っ!!」
ルールーが駆け寄って来ようとするが、明らかにバズの方が早い。
「くたばれっ!!」
剣が振り下ろされるのがゆっくりに見えた。
命が燃え尽きる瞬間は、全てのものがゆっくりに見えるらしいけどホントだったんだね。
ごめんね獣王の腕輪、約束守れそうに無いわ。
たった一人のスキルしか消してやれなかった。
と思った次の瞬間、突然目の前の景色が切り替わった。
さっきまで部屋の中にいたはずなのに、私が蹴破った部屋の入口の前に移動していた。
「あれ?何で?」
この物語はファンタジーです。
実在するファン○ルとは一切関係ありません。




