146 獣化
「監視対象とするって事はここに住むって事ですよね……?」
「当然じゃろう。最初からお主の世話をするつもりで来たんじゃからの」
師匠達と仲悪そうだから心配だなぁ……。
「あのぅ、住むのは構わないんですが、ルールは守ってください」
「なんじゃ、ルールとは?」
「まずは絶対に喧嘩しないこと」
「むぅ、じゃがそやつらを野放しには……」
「喧嘩したら出て行ってもらいます」
「……分かった」
「あと、差別的な発言は厳に慎んでください。この家はかなり多種多様な種族で構成されてますから、人族至上主義とかは勘弁してくださいね」
「別に人族至上主義ではないから問題無いわい」
「え?人族至上主義じゃないんですか?じゃあなんで師匠やミミィと仲が悪いんですか?種族による差別が無いなら、誰とでも仲良く出来ますよね?なんか勇者って人族の味方しかしてないみたいなんで、人族至上主義だと思ってました」
若干まくし立ててしまったけど、頭の固い老人が○○のくせにみたいな事言い出さないように、これぐらい言っとかないとね。
少し唖然とした顔になったジジイ。
でも、顔真っ赤になって逆ギレするかなと思ったけど、白い髭の生えた顎に手をあてて何か考え込み始めちゃった。
そしてそれを聞いてたババアが肩を震わせて笑っていた。
「くかかかっ!こりゃ一本取られたのぅ!娘っ子、私ぁあんたが気に入ったぞ!」
ババアが隣に座るジジイをバンバンと叩き始めて、ジジイは顔を顰める。
「ふん。儂だって人族の側にだけ立っている事に疑問を持たなかった訳じゃないわい。そやつらが悪さしなければ差別的な事は言わんと誓おう」
年寄りの割に意外と素直に同意してくれたなぁ。
一応勇者と呼ばれて人々の支持を得てるだけはあるのかも。
そういえばキャサリン姉とリスイ姉も、最初は勇者としての責務を重んじる感じだったけど、結局私の事を容認してくれる優しさを持ってたもんなぁ。
ジジイもババアも見た目は怖そうだけど、意外と良い人なのかも知れない。
これから一緒に暮らすんだし、私も仲良くしないとね。
「じゃあ一緒に暮らすに当たって、ジジイとババアの名前教えて」
「ジジイじゃねーし!儂はカクゲンじゃい!」
「ババアちゃうわ!私はマルディアじゃ!」
お笑いコンビみたいな自己紹介なんだけど、ホントに勇者?
「じゃあカク爺とマル婆って呼ぶね。こらからよろしく!」
「カク爺……」
「マル婆……」
何故か納得いってない顔だけど、もう決定事項です。
それにしても、急に住人が増えたなぁ。
生活費はキャサリン姉からいっぱい預かってるから問題無いけど、食事を用意するヴァイスさんとヤスガイアさんが大変になりそうだ。
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今日は元々クラス対抗戦の翌日という事で、学園は休みである。
もっともそうじゃなくても、あれだけの事件があった翌日だし、授業とかやってられないだろうけど。
なので今日は暇なのだ。
朝食が終わると唐突に師匠が立ち上がった。
「よし、吹雪とユユ。我が獣化を教えてやろう」
ほんと唐突すぎて吹雪もユユちゃんも困惑している。
2人は獣人だけど、獣化は出来ない。
吹雪の場合は東方の出身だから、そもそも獣人としての力の使い方を知らないらしい。
ユユちゃんはまだ子供だし、獣化みたいな戦闘系の事が出来る筈も無い——というか、獣化する必要がそもそも無いと思うんだけど?
「あの、シルヴァ様。私は獣化出来るのでしょうか?育った地では獣化出来る獣人が居なかったので、その辺が全く分からないのですが」
「わたしも獣化できるの?」
「それなりに素質があれば出来る筈だ。吹雪はそこそこ強いからたぶん出来る。ユユもまだ小さいが、だからこそこれから頑張っていけば出来るようになるはずだ」
私は自力で出来るようになったけど、やり方教えておいて欲しかったなぁ。
いや、教えてもらう間も無く転移させられちゃったんだっけ。
最初の頃は、やり方知らないから毒で無理矢理獣化してんだよね。
3人が地下にある訓練場へ行くという事だったので、暇だから私も付いて行く事にした。
そしたら何故かカク爺も付いてくる。
「カク爺も獣化に興味あるの?」
「いや、地下の訓練場に興味がある。鍛錬に使える場所があるのはありがたいでな」
カク爺もそっち系か。
我が家は体動かす系の人多いなぁ……っていうか、そういう人しかいなかったわ。
唯一ユユちゃんが非戦闘系だったのに、師匠が獣化教えたりしたらそっち系になりそうだ。
「獣化のやり方自体は簡単だ。怒りのエネルギーを気に乗せて全身に巡らせればいいだけだからな。ただ、その後は感覚の問題で、獣の種類によっても違ってくる。我は獅子なので、しなやかな気の流れを作るつもりでやると獣化出来る。この様にな」
説明を終えると師匠の気が膨れ上がって行く。
地下なので空気の流れは少ないはずなのに、風が巻き起こる程の気が溢れ出ていた。
一応ここの訓練場には結界が張られてるから壊れる心配は無いはずだけど、でも師匠の気の量が多すぎてちょっと不安になるよ。
程なくして師匠の体に体毛が浮かび出し、姿はどんどんライオンのようになっていった。
体付きはどう見ても女性なのに、獣化すると鬣のある雄ライオンになるんだよなぁ。
本人は女性であると言い張ってるけど……。
「どうだ?」
「す、凄いです……」
「かっくいい〜!」
吹雪とユユちゃんに褒められて、ライオンの顔がめっちゃドヤってる。
私もちょっと凄いって言われたいので、獣化してみることにした。
私の場合は猿への獣化なんだけど、普通に怒りのエネルギーを高めるだけで獣化出来てしまう。
人と猿って形状が近しいから、師匠が言うような気の流れとか気にする必要が無いのかも知れないね。
体から毛がモッサリと生えて、私は猿の獣化に成功する。
「どう?」
「どうと言われましても、私は以前にも見てるので何とも……」
「お猿さんはあんまりかっくいくないかも……」
「なんでよー!!」
私の獣化は不評だった……解せぬ!!




