143 動き始める者達
貴族街の中心部にあるヒャッキ商会の捕り物劇は、多くの貴族を震撼させた。
王族による強行とも言えるやり方に、多かれ少なかれ夜行と関わりのある貴族はこぞって反発するかに見えた。
一致団結すれば祭り上げられてるだけの王族など潰せると意気込む貴族達。
しかし、それは貴族を取り纏める公爵によって止められた。
もっとも公爵が王族の味方をした訳では無いが。
「ようやくお膳立てが整ったのだ。差し出す首を我らが狩ってしまっては水泡に帰す」
公爵家当主が描いた物語——王位に至る道は着実に進んでいる……かに見えた。
聖女と勇者がまだ生存していると知っていれば別の道も見えただろうに。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「人数が多すぎて収容所が溢れそうですよ」
ソフィア王女は、捕らえた夜行を連行する指揮をとるためにヒャッキ商会を訪れていた。
一夜にして逮捕した者の数が100人を越えれば、ぼやきたくなるのも仕方の無い事だろう。
だが、それには我関せずと無視を決め込む元獣王。
「ソフィア、我は弟子のところで暮らす事にするぞ」
「えっ?何故ですかシルヴァ様?」
「アイナの側に居た方が面白そうだからな」
はぁと溜息をつくものの、王女はシルヴァを制御することなど端から出来ないとは思っていた。
「願わくば、私達の敵とならないでいただきたいです」
「それはアイナ次第だな。そもそも我らは魔王と呼ばれていた者だぞ」
「そうでしたね。人族にとってだけ都合のいい呼び名」
「小娘の割に良く分かってるな。あの間抜けではなく、お前が王太子になるべきだろ」
「その為には色々面倒な政治的かけひきが必要なんですよ」
「人族は面倒くさいのぅ。獣人族はただ強ければ皆従ってくれるというのに」
「ほんと、それだけは羨ましく思いますよ」
「それだけとは、失礼な奴よ。まぁ、何かあったら呼べ。まだ王国にいるろうしの」
そう言って元獣王はさっさとその場を去ってしまった。
魔王との敵対など考えたくは無いが、王国には——というよりも貴族には根強く種族差別が残っている。
アイナの言うように、真なる平和を望むのであれば貴族を根絶やしにするしか無いのかも知れないと思う王女であった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
龍王国の一室、円形のテーブルを囲むように座る者達が怪しい光を瞳に宿していた。
一人はその国の主である現龍王。
一人はゲシュタイン帝国の皇帝。
一人は教皇国の最高位である教皇。
「ふふ、円卓とは……かなり意味深な物を用意されたな龍王」
「まさか我々をかようなことに巻き込もうなどとは考えておるまいな?」
皇帝と教皇が龍王へと視線を向けるも、表情の変化は読み取れなかった。
「たまたまこれしかテーブルが無かっただけの事よ。気にするな」
皇帝も教皇も龍王に抗う術など無いので、言われるまま気にしない事にした。
とそこへ、騒がしくドアを開けて入ってくる者が。
「いや、まいったよ。夜行壊滅しちゃったわ〜」
軽い口調で重要な事を言った女性は、断りも無く龍王の正面の椅子に腰を下ろした。
しかし、誰もそれを咎める者は居ない。
「おい、夜行が壊滅したとはどういう事だ?ちゃんと仕事は完遂したんだろうな?」
「あぁ、それはご心配なく。ちゃんと勇者と聖女の腹に例の毒はぶち込んでおいたからさ」
その女性の言葉だけで、皇帝と教皇は勇者と聖女を仕留めたと思ってしまった。
しかもそれを分かっていて女性は話した内容に補足を加えない。
口に出していない、勝手に思ってる事にまで誤解を解いてやる必要など無いのだから。
それが、この場に集った4人の関係がその程度のものだと表していた。
「それにしても円卓なんて持ち出して、悪いけど私はそこまで首突っ込むつもりは無いよ」
「この2人にも言ったが、ただこれしかテーブルが無かっただけだ」
「ならいいけどねぇ」
他の2人とは違って、この女性はかなり含む言い方である。
この世界にとって、円卓はかなり重要な意味を持つ。
6人の勇者と6人の魔王。
その争いが世界に波及しない為に作られた『円卓の盟約』。
魔王の一人が会議の場に円卓を持ち出すという事は、新しい秩序を生み出そうという暗喩に見えなくも無い。
しかし龍王はひとまずそういった事については言及するつもりは無いようだった。
「では手はず通りに行くという事でいいだろうか?」
「うむ。我が帝国は王国に責任の追及をすると共に、宣戦布告を発する」
「同じく、教皇国も王国に責任の追及をすると共に、譲歩の条件を提示する」
「あたしはもうやる事やったんだし、引き上げるよ。そもそも手足になって動いてくれる奴がもう年老いたババアしかいないからね」
女性だけが乗り気ではない事に、不信感を覚える皇帝。
「珍しいな。取り分が減るのを嫌う其方が」
「これ以上は損にしかならないからね。損益分岐点を見極められるのが真の商人よ」
「ふん、我は商人ではなく皇帝なのでな。搾れるかぎり搾り続けるわ」
女性はかかと楽しそうに笑い、そのまま席を立ち退室した。
それに続くように皇帝と教皇も部屋を出る。
誰も居なくなった部屋で龍王は口元を歪める。
「我が眷属を直接送り込まずとも、人族の戦争に巻き込んでしまえばいいだけの事よ。直接動かなければ勇者も手を出せまい」
自身にとっての天敵を討つために色々手を回した龍王。
果たしてその思惑のままに世界は廻るのだろうか?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王国のとある貴族街を歩く老人が2人。
「まったく、何で儂らが子供の面倒なんぞ見にゃならんのだ?」
「私に言うんじゃないよ。文句はキャサリンとリスイに言いな」
「長く留守にする事になるから妹分を頼むとか言っとったが、何があるって言うんじゃか」
「私らに頼むぐらいだから、世界の均衡を崩す恐れのある者かも知れんぞ」
「学園に通う程度の歳の子じゃろう?そんな訳あるかい」
老人達の強すぎる気配に、その先にある家の者達は俄に警戒を余儀なくされた。




