120 円卓の盟約
龍王はその日の訪問者に明確な不快感を覚えていた。
魔王にとっての天敵である勇者が2人も訪ねてきたのだから当然と言えるのだが、それを思っていても表面に出すような無様はしない。
「今日伺ったのは、あなたに訪ねたい事があるからよ」
厳つい筋肉隆々のその男は、何故か女性のような喋り方をする。
龍王はいちいちそれを指摘するつもりはないが、違和感が大きすぎて話に集中しづらい。
「龍の肝を使った薬に覚えはないかしら?」
龍王には当然覚えがある。
しかし、それを素直に言うはずもない。
「我が龍族の肝を使うなど、我が許す筈無いだろう?もしそんな事をしている奴がいたら、八つ裂きにしてくれるわ」
その答えはある程度予想していただろうもう一人の勇者が、わざとらしく首を傾げる。
「自分を八つ裂きって、どうやるの?」
思わずピクリと反応してしまった龍王は、それを悟られまいと逆ギレ気味に言い返す。
「何だ、冤罪をふっかけて魔王討伐でもするつもりか!?ならば我ら魔王側も『円卓の盟約』など無視して人族への侵攻を開始するぞっ!!」
急激に室内に緊張が走る。
龍王の後ろに控えていた護衛らしき龍族も、顔を強ばらせた。
「では、本当に知らないと?」
「くどいっ!知らん!」
そこまで話したところで、唐突に勇者の一人が手札を切った。
「あなたの側近のヴァイスから、龍王と魔導王が先日会っていたと聞いたのだけど、それについては何か弁明あるかしら?」
ヴァイスの名を聞いた龍王は戦慄した。
先日王国に調査に向かわせた白龍とのパスが切れてしまっていたからである。
そのパスが切れる直前に見た黒髪の少女は、やはりあの特異点の娘だったのかと思い至る。
いまや龍王にとって勇者以上の天敵。
せっかく全ての龍族を支配下における程にスキルが成長したのに、そのスキルを無効化されていくのである。
真っ先に始末したい人物であるが、下手に強い者を向かわせて支配を解かれてしまっては本末転倒となる。
それを先日、見事にしくじってやられてしまったという事だ。
圧倒的な力で消し去られた可能性もあったが、まんまと生きたまま支配を解かれていたとは。
しかもそれが前龍王である龍の女王ヴァイスだったというのは、現龍王の立場も危ぶまれる事になりかねない。
その娘を屠る計画はもう少し先になりそうなのだが、急がせねばなるまいと龍王は思案した。
しかし、今は目の前の勇者を何とかする事が先決だ。
「知らんな。何か証拠があるのか?ヴァイスが俺を陥れる為についた嘘などで態々動くとは、勇者は余程暇なのか?『円卓の盟約』に縛られて身動き出来なくなっているのが寧ろ勇者の方とは滑稽よな」
手札を切ったものの、知らぬ存ぜぬでは一向に話が進まない。
膠着状態かと思われたその時、龍王の支配下にある龍から伝心による連絡が入った。
『龍王様、何者かが龍王国内のドラゴンに攻撃を加えています。既に複数体のドラゴンが倒され、うち一体が敵に寝返りました』
支配下にあるドラゴンが寝返る事など、あるはずが無い。
スキルによる支配は絶対である。
それを覆せる者など——この世に一人だけ。
直ぐにその報告してきたドラゴンの眼を借りてその先の様子を確認する。
そこには白い髪の女性と、黒髪の少女と、赤髪の女性の3人が映し出された。
そして、次の瞬間にはその映像も途切れる。
眼を借りていたドラゴンが倒されたのだろう。
龍王は内心で苛立った。
何故このタイミングで……いや、あの少女は確か目の前の勇者の庇護下にあった筈。
ならばこのタイミングは必然と言えよう。
「おい勇者よ、貴様ら我が配下達へ攻撃を仕掛けているな?」
「はぁ?何のことよ?」
「何言ってるか分からない。私達は今日2人だけでここへ来た。つまり今ここに居ながらにして攻撃なんて出来ない」
明らかに知らないという様子に、龍王は疑問符を浮かべる。
完全な別行動で同時に龍王国に訪れるなど、確率的にあり得ないだろう。
しかし、絶対に何らかの打ち合わせをしている筈なのに、本当に知らないかのように見えるのだ。
ここで龍王は一つの決断をする。
「ならば、『真実の宝玉』を使う」
「……いいのかしら?『円卓の盟約』で、『真実の宝玉』を魔王或いは勇者が使う時は、先に相手の要求に従うと誓う必要があるのよ?」
「ふん、それぐらい解っているわ。しかし、『真実の宝玉』で貴様らが嘘をついている場合は不可侵条約を破ったとみなし、盟約を破棄してお前達を攻撃する」
「いいよ。『真実の宝玉』で問う内容はさっきの通り?」
「ああ。『貴様らは何らかの手段で我が配下達に攻撃を仕掛けているか?』だ」
「じゃあこちらの要求する対価は、『魔導王の居場所』」
「……よかろう」
龍王の部下が大きな水晶玉を持って来て、龍王と勇者達が向かい合う間のテーブルに置いた。
「貴様らは何らかの手段で我が配下達に攻撃を仕掛けているか?」
「「いいえ」」
嘘をついている場合、その水晶玉は赤い光で淡く発光する。
しかし、水晶玉は何の反応も見せなかった。
「……っ!?バカなっ!?」
「何の根拠があってこんな質問をしたのか知らないけど、私達は何もしてないわよ」
「じゃあ、こちらの質問に答えてもらう。魔導王の居場所は?」
苦虫を噛んだような顔の龍王だが、こんな事で勇者との約束を違える事は出来ない。
『円卓の盟約』によって、ある意味魔王側も守られているのだから。
「正確な場所は知らん。不死王の所へ向かったらしいがな」
不死王はとある闇に包まれた島国に居を構えている。
しかし、どうやっているのか『円卓の盟約』を破らずに外界で活動しているようなのだ。
その為、所在を掴むのが難しい。
それでも手掛かりを掴んだ勇者達は、一応納得したようでこの場を去る事にした。
「ちっ!まぁ、魔導王なら自分で何とかするだろう。そもそも『円卓の盟約』を平然と破っているあいつが悪いのだからな。さて、最大の問題をどうしようか……?」
今ここで総力を挙げてなんとかあの天敵となる少女を潰しておきたい。
しかし迂闊に強いドラゴンを送り込めない。
ひとまず様子を見ようとドラゴンの眼を借りたところで、首根っこを勇者に掴まれて連れていかれる黒髪の少女の姿が映った。




