117 模倣
誰かに名前を呼ばれ、エクアルトは覚醒した。
「おいっ、エクアルト!大丈夫か!?」
暫し状況が分からないまま、呆然と自分に問いかける相手を見つめる。
それが同じAクラスのダニエロである事を認識し、漸く自分の置かれている状況を理解した。
「あのFクラスの奴はっ!?」
「近くで見ていた奴に聞いたら、Fクラスの腕章を付けた奴はお前をそのままにして何処かへ行ったらしい」
「くっ、逃げたのか……」
いつも飄々としているエクアルトが妙に殺気だっているのを見て、ダニエロは眉を寄せる。
「何があったんだ?」
「Fクラスの奴に不覚を取った……」
「お前がFクラスの奴に?レオナか?」
「いや、昨日レオナちゃんと一緒にいた奴。ちっこい黒髪の」
「嘘だろ?あんな弱そうな奴にお前が負けるなんて信じられないぞ」
2人が話している所へ、茶髪の精悍な顔つきの男が近づいてくる。
「興味があるな。その話、詳しく聞かせろ」
「セオ……いや、君が思ってる程の事じゃないよ。奴のスキルの正体は大体見当が付いているからね。たぶんあれは『模倣』だと思う」
「模倣?」
「ああ。あいつは僕の魔法を真似て同じように撃って来たんだ。でも、見ての通りかすり傷一つ負っていない。威力までは真似出来ないんだろうね。だからこそのFクラスって訳さ」
「でも、お前は気絶してたじゃないか」
「それはスキルの力じゃない。きっと魔導具を隠し持っていて、いかにもスキルで倒したように周りに見せたんだ。まったく卑怯な奴だよ。クラス対抗戦の時は魔導具の持ち込みを厳しくチェックして貰わないとだね」
自分の予想こそが絶対の正解であるかのように語るエクアルト。
しかし、セオはそれを鵜呑みにしていないようだ。
「いや、ひょっとしたらそいつがFクラスの隠し玉なのかもしれない」
「はぁ?そんな訳……」
「おかしいと思わなかったか?先生が頑なにレオナがダンジョンに入るのを禁じていただろ。レオナ一人レベルアップしたところで、他に強いスキルを持つ者がいなければ、クラス対抗戦では1勝2敗で必ず敗れてしまう。でもレオナ以外にも強いスキルを持つ奴がいたとしたら……?」
「いくら何でもスキルを真似るだけじゃ勝てないだろう?」
「お前に見せたのがスキルの全てとは限らない。もしお前を気絶させたのが魔導具じゃなく、スキルの一部だったらかなりの脅威だ」
「ま、まさか……考え過ぎだよ」
あくまでも否定したいエクアルトに、セオは首を振って自分の考えを続ける。
「先日BクラスのリーゼルトがFクラスの生徒にやられたらしい。教師達はスキルランクが覆るのを恐れて隠蔽しようとしてたが、リーゼルトの子分から情報が漏れていた」
「それが奴だと?レオナじゃないのか?」
「レオナがFクラスになる前の話だ」
ダニエロも、セオの話が突拍子もなさ過ぎて信じられないようだ。
レオナ以外にそんな人物がいれば、もっと噂になっているはず。
しかし、Fクラスに関するそんな話は聞いた事がなかったのだ。
もっともFクラスは裏山で訓練をしているので、殆ど顔を合わせる事が無い為に情報が少ないからというのもある。
「もしFクラスがクラス対抗戦で勝ち上がって来たら、俺がそいつの相手をする。俺の『魔剣士』スキルを模倣できるのなら、かなり楽しめそうだからな。斬り甲斐がある」
セオがにやりと口角を上げるが、そこにエクアルトが待ったをかける。
「ちょっと待ってくれよ、僕は虚仮にされた仕返しをしたいんだけど?」
そしてダニエロも追従する。
「おい、ずりぃぞ。そんな生意気な奴、俺が引導渡してやりたいぜ」
「俺は譲る気は無い」
「僕もだよ」
「俺もだ」
何故かAクラスで密かに、全くありがたくないアイナ争奪戦が始まっていたのであった。




