001 スキル
『スキル毒針を取得しました』
頭の中に、盛大なファンファーレと共に祝福の声が響き渡る。
それは私の頭の中だけの事で、この静謐な教会は変わらず静まり返っていた。
眩く輝いていた水晶球も、次第に鳴りを潜める。
私は伯爵家預かり令嬢アイナ——養女ですらないただの伯爵の姪。
本日は女神様よりスキルを授かるために教会に来ている。
この世界では10歳になるとスキルを授かるための儀式を教会で行う。
ここで有用なスキルを得られるかで人生がほぼ決まってしまうという程、これは重要な行事なのだ。
とりま予定通りのスキルを手に入れたし、さっさとここから逃げますか……。
「Fランクスキルですか……。伯爵様にとってはさぞ残念な事でしょう」
スキル付与の儀式を執り行った神官がぼそりと呟いた。
直接的な殺傷能力を基準にしたランク付けで言えば、最下位のFでしかない『毒針』のスキル。
ランクのみに目が行っている貴族にとっては、私は使えない駒でしかないでしょうね。
政略結婚の道具にすら適さない私は、きっと奴隷として売り飛ばされる事になるだろう。
伯父である伯爵は私に何の愛情も持ってないから、そのぐらいはやりかねない。
だから、今すぐ逃げ出さなければならない。
馬車には護衛という名のお目付役がついてるから、戻ればもう逃げるチャンスは無くなる。
私が今居るこの教会には、正面入り口とは別の裏の出入り口があったはず。
でも、そこから逃亡を図るためには、この目の前の神官をなんとかする必要があるのよね。
大丈夫、スキルの使い方は『転生する時』に女神様から教えてもらってあるから。
意を決した私は顔を上げて——目の前の光景に驚愕した。
「うそっ……」
信じられなかった。
私は確実に動揺を隠しきれてなかっただろう。
前世ですら滅多に見る事はなかったのに……。
まさか——この世界にもヅラがあったなんてっ!!
神官さん、ちょっとズレてますよ?
どうしよう……。
スキルを使って神官を昏倒させるつもりだったのに、その姿をどんどん髪が薄くなることを悲観していた前世の父に重ねてしまった。
この哀愁漂う人(主観)に非道い事は出来ないよ……。
「神官様……」
「はい、どうかされましたか?」
「少し下を向いてもらえますか?」
神官さんは少し戸惑いながらも、頭を私に向かって下げてくれた。
ヅラがまた少しズレた……。
「動かないでくださいね」
私は懐に忍ばせていた縫い針を一本取り出す。
それを神官さんの頭に向かってぶっ刺した。
「いだっ!?なっ、何をっ!?」
「動かないでっ!」
女神様は言った。『このスキルはあなたのイメージ次第でどんな毒でも生成できる』と……。
私は頭の中でイメージを構築する。
毒素は極限まで少なめにして……、
「発毛剤(毒)!!」
スキルが発動したことにより、神官さんにぶっ刺した針の先から黒い毒が溢れて頭部全体を覆う。
それとともにヅラが地面にずり落ちて、パサリと乾いた音を立てた。
「ひっ、ひえええっ!?何ですかこれはっ!!……んぅ!?なんか頭が温かい?」
神官さんが手で頭を弄る。
「えっ……!?もう滅んだと思っていた毛根が蘇っている!?おぉ、髪よ!!」
神官さん、祈る対象変わってんよ……?
毒の影響だとしたら、ごめん!
「私のスキルで発毛しました。神官様、もうそんな悲しい偽装に身を包む必要はないですよ」
神官さんの目からポロポロと涙が流れ落ちる。
「絶望の淵から救っていただき、ありがとうございます。我が忠誠をあなたに捧げます。主様、なんなりと御命じください」
「……えっとじゃあ、私を教会の裏口から逃がしてください」
当初の予定とは違うけど、私は逃亡する事に成功したのだった。
「主様、裏口では見つかってしまいます。この地下道から街の外へ出られますので、こちらからお逃げください。どうかお元気で……、髪の御加護がありますように」
だから、祈る対象が変わってんよっ!!
この物語はファンタジーです。
実在する発毛剤とは一切関係ありません。