ドラムロールのビートにのって、オレは缶コーヒーの中で営業スキルを武器に戦う 実践編
缶コーヒーの中をのぞくとどこからともなくドラムロールの音が聞こえた。
きた。
そう思ったときにはもうオレは別世界の住人だった。
「ここは」
オレは目の前の風景を、現実世界の営業マンのクセで観察する。
清潔とは言いがたいレンガ造りの街並み。
通り過ぎる自動車はオレがもと居た時代のものよりかなり古式で騒音も排気ガスもすごい。
歩道を歩く人の姿はまばらだが、肌や瞳の色の違いから国籍が異なる人たちが生活しているのが見てとれた。
ただ、逢魔が時のこの時分は物騒な気配が漂っていた。
パパパアーー!
「うわ!」
観察に気を取られていたオレのすぐ脇を個性的な外観のセダン車がクラクションを鳴らし通り過ぎていった。
通り過ぎる瞬間、オレは運転手を反射的に確認した。
「ベレー帽?」
運転していた男は画家が被るような帽子をかぶっていた。
助手席には女が乗っていた。
オレは立ち尽くし、その車をただ見送った。
その車の尾灯がかなり小さくしか見えなくなった頃、今度は走ってきた人間にぶつかってこられた。
「ごめんなさい!」
ぶつかってきた相手は十代半ばの女の子だった。
「珍しい車がこっちに走ってきませんでしたか?」
さっきのセダン車のことだろうかとオレは思った。
「ああ」
女の子はかなり動揺した様子だった。
「落ち着いて。ここは車の往来が思ったよりあるから」
「お姉ちゃんが」
そう言った矢先、その子が言った。
「あなた、メンター(導く人)?」
「うん?」
「あなた、別世界からここに来たでしょう?」
「なんでそれを・・・」
「メンティー(支援される人)の方か」
その子は残念そうに言った。
「君は何者?」
「あなたこそ誰?」
スキル発動条件にオレは自動的に反応した。
スキル発動。
『自己紹介』。
オレは名刺を差し出した。
「オレは阿蘭だ」
「ごめん。急いでるから。」
なんとか聞き取れる声で「弱小スキル持ちか」と言うとその子はまた走り始めた。
「待ってくれ」
オレはその子を追い走り出した。
とりあえずこの世界は彼女の後を追うことから始まるようだと思った。(了)