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河童と生活

作者: 西園良

「ねえ、嶋崎(しまざき)さん。知ってます」

 突然同僚の女性が俺に話しかけてきた。

「何がですか」

「この会社の近くに河童が出るらしいんですよ」

 楽しそうに話す女性の顔がワクワクしているように見えた。

「河童なんているわけないでしょ。池や湖もなさそうですし」

「もう、ノリが悪いですね」

 確かに、池や湖はないですが、と補足してくる。

「実はですね。その河童は人間を襲うそうですよ」

「危険な妖怪ですね」

 俺は信じていないが、せっかくだから、話に乗ることにした。

「しかも、ただ襲うだけでなく、人間を殺して食べるそうです」

「ふーん」

 河童にそんな危険なイメージはないけれども、その河童は違うようだ。

「どうです」

「どうって何がですか」

「怖いでしょ」

「実際いたら、怖いですね」

 いるわけないから、全然怖くはないが。

「それでは、私はもう終わりですので」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様です」

 そう言って、俺は会社を退社したのだった。


 今日のプロジェクトは上手く行って良かった。そう思いながら、帰り道を歩いていると、見慣れない生き物が見えた。頭に皿のようなものがある緑色の二足歩行の生物だった。というか、河童か。俺は両目を擦って、見間違いであることを祈る。そして、目を開けた結果は見間違いなどではなかった。そこには河童がいた。いやいや、ありえないだろう。俺の焦りに構わず、河童はこちらをじっと見つめる。ひっ。そして、河童はゆっくりこちらへ歩いてくる。逃げるか。だが、恐怖で足が動かない。どうしよう。殺される。とうとう河童が俺の前に来る。

「君。何怖がってんの」

 河童の口から出た台詞がこれだ。し、喋った。俺は河童が喋ったことに内心で驚いた。いや、内心どころか表情に出ていただろう。

「そんな驚かなくても」

 現に河童本人に指摘されてしまった。

「いや、そりゃあ驚くよ」

 俺の口から台詞が出てきた。恐怖も感じているが、驚きが勝ったようだ。

「君は河童にどんなイメージを抱いているの」

 河童が呆れたように首をふる。

「妖怪。人を襲って殺す」

「まあ、そういう河童もいるけどね」

 俺が正直に思っていることを口に出すと、河童が答えた。やっぱり人を殺す河童もいるんじゃねえか。

「お前は違うというのか」

「少なくとも、僕は人間に危害を加えないよ」

「信用できるか」

「困ったなあ」

 河童は困ったように苦笑した。何故そんな表情をする。

「何か困ることでもあるのか」

「うん」

「何だ」

「実は僕、人間と同居してみたいんだよね」

「同居」

 俺の疑問に河童は嬉しそうに答える。

「うん。人間と同居して、人間の色々なことを知りたいなあと思ってね」

「なるほど。なあ、俺にこの話をするってことはまさか」

 嫌な予感がする。

「うん。君の家に泊めて欲しいんだ」

 ほら来た。

「嫌だ」

「どうして」

「会ったばかりの妖怪を泊める人間がどこにいる」

 自分で言っていて、おかしな文章になっているな。まあ、細かいことはいい。

「良いじゃん、そんなことは。それに僕と同居すると、良いことあるよ」

「ほう、教えてもらおうじゃないか」

 そのメリットとやらをな。

「他の人間を殺そうとする河童から身を守れるよ」

「お前が悪い河童から守ってくれるというのか」

「そうだよ」

「それは助かるな」

「でしょ」

 だがな。

「今はお前と俺以外人がいないけどな。人が周りにいるときはどうやって守るんだよ」

「考えてなかったよ」

「お前な」

 計画性がないにも程があるだろう。

「まあ、妖怪に遭遇するなんて、そう頻繁に起こらないから、良しとしよう」

「じゃあ」

「良いよ。妖怪と同居するなんて、滅多にない経験だしな」

 俺が許可すると、河童の表情は花が咲いたように明るくなる。

「じゃあ、これからよろしくね」

「ああ、よろしく」



 それから、俺と河童の同居生活が始まった。河童は人間と生格環境がほとんど変わらず、同居生活で苦労することはなかった。

「ねえ、なんで人間は同族の人間を殺すの」

 テレビを見ていた河童がそう尋ねてきた。テレビを見てみると、どうやら殺人をして、逮捕された容疑者が報道されているようだ。

「そういう人間もいるんだよ」

「よく分からないや」

「お前は人間を襲う悪い河童がいたら、どうするんだ」

 俺の質問に河童は当然と言った顔で答える。

「悪いけど、改心しなければ殺すよ」

「お前ら河童だって同族を殺してるだろ」

「そうだけど、正義のためだもん」

「人間だって、正義のために死刑囚を死刑にするぞ」

「死刑囚って」

「死刑囚は死刑が決まった人間のことだ」

「そうなんだ。何か誤魔化された気がする」

「気の所為だ」

 まあ、誤魔化したのだが。確かに、何故殺人の容疑者は殺人をするのだろうか。容疑者だから、決まったわけではないが。



 こうして、俺と河童との同居生活は続くのだった。


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