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Lの色彩  作者: 沢瀉 妃
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名刺入れ


「高橋さん、二階様からお電話です」


「ああ、ありがとうございます。繋いでください。……お電話代わりました、高橋です」



 今日の予定はどうだったかと手帳を開く。外回り、挨拶、会食、プレゼン。毎時間なにかをしているようなきっちり詰まったスケジュール帳にぽっかりと白が口を開けている。毎月、どこか一日だけは、必ず。



「すみません、明日は休みを頂戴しておりまして……ええ、はい……すみません、病院へ行くものですから……ああ、いやただの定期健診ですよ、ですので……はい、はい……では明日後で、はい……はい。よろしくお願いいたします」



 大きな音を立てないよう受話器を置く。

 もう一月経ったのかとまた手帳に目線を落としてため息をつく。面倒だ。面倒だけれども、通わなくてはならない。



「高橋さんっていつもスケジュールぎっちぎちっっすよねー」


「好きでこんなんじゃない、クライアントに指名されてるだけだ。なんせ人気者だからな」


「俺も言いてえなあ、それ」



 後輩と軽口を叩いて氷の溶けかけたアイスコーヒーを流し込む。

 十月なのに少し寒い。ホットにすればよかったとジャケットを羽織りなおした。


 今日は時間があるからゆっくり昼食が採れそうだと財布を持って咳を立つ。花形、なんて言われているらしい第一営業部だけれども、毎日ひっきりなしに電話と慌ただしくしている音ばかり聞こえてくる。

 一応社則では、昼休憩は十三時から十四時らしいが、営業部の人間がその時間に昼を採っているいるところを入社してから見たことはない。外回り中のほうが、コンビニ飯であっても時間通り食事ができているかもしれない。



「高橋さんこれからランチですか? ご一緒しても……」


「すみません、今日はラーメンか牛丼で済まそうと思ってて。また今度」


「そうですかー、残念」



 眉根をひそめる彼女は隣の経理課のアイドルだが、残念ながら好みではない。

 たとえそうであっても、親しくなるような行為は避けるだろうけれど。



「昼行ってきます」



 ホワイトボードに外出の札をひっかけてエレベーターホールへ向かう。見慣れた長い廊下の向こうから人が歩いてくるように見えた。


「おつかれさ……うわっ」


 ドンッ、という強い衝撃を肩に感じる。相手は女性。自分より痛かったに違いないと慌てて頭を下げると大丈夫ですと笑ってそのまま歩いて行ってしまった。

 この階で見かける顔ではないなと思ったのと、綺麗目な恰好だったのでおそらく秘書課の人だろうとあたりをつける。大きな会社だ。他部署の人間の顔なんて全部は覚えていない。


 歩き出そうとしてつま先に違和感を感じる。

 手探りで触れるとサイズ的に名刺入れやカードケースの類のようだった。さっきの彼女が落としたのだろうかと恐る恐る開けてみる。

 見慣れた自分と同じデザインの名刺。やっぱり秘書課の人かとため息をついた。あまり頻繁に会える課の人じゃない。総務に預けようかとも思ったが数秒躊躇ってからポケットに仕舞った。


 追いかけても見つけられる気がしない。それより今は食いっぱぐれないほうが重要だ。

 名刺の名前を頭の中で繰り返す。


 秘書課、愛島満。


 ただ妙に引っかかる名前だとそのときは思っただけだった。

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