模倣犯の美醜
お店が忙しくない時間帯には、時折、従姉妹のノネットが遊びに来ることもあった。体の激弱な私には幼い頃から友達と呼べる人間はほとんどいなかった。外で遊ぶ、なんて夢のまた夢だったから。ノネットはそんな私にとって唯一の同年代の友達だった。快活でとても優しい彼女は、年の半分は床に伏せっていた私を厭うことなく遊びに来てくれた。ノネットは今20歳、叔母に似て、この世界基準のかなりの美人だ。私より1つ年下の彼女は今は婚約者と一緒に住んでいて、もうすぐ結婚する。私の嫁の貰い手について心配されるようになったのもこのせいだろう…。
仕事終わり、私はお店の裏にあるテーブルの上に上体を投げ出しぐったりしていた。
「疲れた…」
「あらあら、ミルクティーでも飲んでゆっくりして行きなさい。アルハイム家のお迎えまでまだもう少し時間はあるのよね?」
「ありがとう。フレア叔母さん。時間は大丈夫」
甘くて美味しいミルクティーを入れてもらって私は体力を回復させる。朝、ローゼンに送ってもらったとはいえ、ここ最近家で療養することが多かったせいで、その程度ではカバーできないくらい私の体力は落ちていた。思惑通りにはいかないものだ。
「ただいまー。あれ、シェリルちゃんだ!」
「ノネット、元気そうで安心するわ」
「あったりまえじゃん!シェリルちゃんは今日もしんどそうだね?」
「少し休めば帰れるくらいには回復するから大丈夫よ」
「シェリルちゃんの大丈夫は、信用できないからなぁ」
ノネットはクスクスと笑いながらそう言うが、心から私を心配してくれているのがわかる。優しい彼女はふくよかな手で私の頭を撫でる。そのまま額に手を当てた。
これはモテるよなぁ。
「熱はなさそうだね。私が送って行こうか?」
「大丈夫よ。今日は他に送ってくれる人がいるから」
「きゃー!もしかして、恋人!?」
パッと嬉しそうな表情をしたノネットに私はなぜかドキッとしてしまった。
恋人…?ローゼンと私が?あんなくそ誘拐犯どう考えてもありえない。
けれど、私にとっては、顔だけは極上なせいだろうか。恋愛なんて、一生縁のないものだと思っていたのに、好きだと言われて、うっかり意識してしまったのかもしれない。そんな自分が嫌になる。顔が良ければなんでも良いのか、と自分で自分に突っ込みたくなる。だから、私は顔を歪めて首を振った。
「違うわ。相手は、ローゼン・アルハイムだもの。あんな男を好きになるわけないじゃない」
皮肉を込めて口にする。だれが、誘拐犯を好きになるというのだろう。
「えっ!!ローゼン・アルハイムって、なんで、そんな男が!?」
「さぁ。でも、仕事の行き帰りを送ってもらってるだけだし」
「そんなの、信じられないよ!何か変なことされてない?心配だよ」
誘拐されて縛られて変な薬を飲めと脅された、なんて言ったら、この従姉妹は激怒してくれるんだろうなぁ。だから、もうこれ以上心配をかけたくはないのだ。
「ただの、厚意みたいだから、ノネットが心配することなんて何もないわ」
私はにっこり微笑んだ。けれど、私のことが心配だと言うノネットはそのまま私の家まで一緒に付いて来ることになった。ローゼンとノネットに挟まれて歩きながら私はそっとため息をつく。どうかローゼンが何も言いませんようにと願うばかりだ。
ローゼンに何かしら言うだろうと思っていたノネットだったが、黙り込んだまま俯いている。その様子に私は心配して何度か声をかけるがそれにもフルフルと首を振るだけ。ローゼンと別れ私とノネットは家の中へ入った。
扉を閉めた瞬間、ノネットは泣きそうな顔で私に抱きついてきた。もちろん、ふくよかなノネットを非力な私が受け止め切れるはずもなくそのまま後ろに倒れ込むが、よく玄関で倒れる私のために床にはフカフカな絨毯が敷かれているので痛みはさほどではない。
「ど、どうしたの?ノネット?」
「ううぅっ。いっぱい、いっぱい言いたい事あったのに、何にも言えなかった」
「え?」
「あいつ、気持ち悪すぎるよ。なんであんなに醜いの。あんな奴、シェリルちゃんにふさわしくない。シェリルちゃんが可哀想だよ…」
泣いている彼女をあやしながら私はぼんやりと考える。明るく快活で優しいノネットでさえ、この反応なのだ。きっと、ローゼンを取り巻く世界は私が思っていた以上に厳しいものなのだろう。ノネットの泣き声を聞きつけた母に2人まとめて抱きしめられながら、何故か胸に微かな痛みを感じていた。