殺人犯との邂逅
ローゼン・アルハイムをこき使おうと決めた私は、しかし、はたと思い出す。ローゼンに連絡を取る方法がないことを。私の回りをうろつくなと言ったから、恐らくもう私の前には姿を表すことはないだろう。私は晴らす方法を失った鬱憤を抱えたまま仕事場への道を歩く。叔父が迎えに来ると言ったのを必死に断った手前、なんとしても遅刻するわけにはいかないのだ。
2日間寝込んだせいでまた体力がガクンと落ちたのを感じる。あまりに貧弱な自らの体に溜め息を吐いた。前世の私は平凡だったが、体力はそれなりにあった。人並みに運動をしていた。けれど、今はそれは叶わない。早歩きをするだけで息があがって動悸や目眩がする。そんな私はたぶん何らかの先天的な持病があるのだろうけれど、この世界ではそれを確かめる術はない。だからこそ、私にとって死は身近にあった。けれど、それでもなんとかここまで生きてこられたのだから、私はなにがなんでも両親よりも長生きするつもりだ。両親が切望するその願い。私が幸せに長生きすること。少なくとも、両親の死に目は私が看取ると決めていた。
今の私は平凡とは程遠い。この弱い体と、もうひとつ。たぶん、他の人にはない能力。
それは、本当に凡庸な、どこにでもいそうな男だった。
私の前から私が来た方向に向かって早足で歩き去った男のどす黒い瞳に私は固まった。瞳を覗き込んだわけでもないのに、すれ違い様に一瞬見えただけのその瞳は白目の部分まで多い尽くすようなどす黒い色をしていた。ふわりと香った花の香り。くらりと倒れそうになるのを踏ん張って私はその男から距離を取るべく早く早くと歩く。
なんとか、叔父と叔母が経営するカフェに着いた私は裏手から倒れ込むようにしてその中へと入った。扉の前で倒れこむ私に驚いた叔父にまたも抱き抱えられ家まで送り届けられた私はそのまま5日間家から出してはもらえなかった。
その間に、恐ろしいことが起きた。
あのドス黒い瞳をした男に会った日、勤め先のカフェの近くで働く一人の美しい花売りの少女が姿を消した。そして、その翌日、彼女は両腕をロープで吊るされた無惨な死体となって発見された。それは、ローゼンが模倣した、例の連続殺人事件の8人目の犠牲者だった。
それを聞いた私はベッドの中でガタガタと震えた。
まさか、まさか…、あの男が、例の連続殺人事件の犯人……?