模倣犯の罪と罰
ローゼンのしたことは犯罪だ。私は誘拐されて、腕に傷を負った。死の恐怖を感じたし、貞操の危機を感じもした。トラウマとして心に傷を負っている可能性もないわけではない。
「私にあの訳のわからない薬を飲ませようとするのはやめて。あと、私の回りをうろついたり、行動を監視したりすることはしないで」
「はい」
「あとは、私が今後何か願うことがあったらそれを叶えて」
「………へっ?」
驚きをあらわにしたローゼンは、訳がわからないって顔をしていた。
「お、俺、君に殺されても仕方ないって思ってる。本心だよ?」
「それは僥幸。もし、私が今後それを願うことがあればそうして。その気持ちを覚えておいて。私はあなたを許した訳じゃないんだから」
今のところは、そこまでの罰を与える気にはならないけれど、今後の私がどう思うかは分からない。だから、そう答えた。甘いということはわかっていたけれど、だって、あまりにも、ローゼンがアホの子すぎて、怒るのも憎むのも馬鹿らしくなったのだ。
しかし、ローゼンは黙ったまま是と言わない。
「それとも、今すぐじゃなきゃ、罰を受けないつもり?」
「ちがう!俺は、君の言う罰を受けるよ。それがいつでも」
「ふぅ。じゃあ、私を家に連れて帰って。もう歩けそうにないし抱っこして」
「え、………えぇっ!?」
「なぁに?家は知ってるでしょ?それとも私の言うことが聞けないの」
「な、なんで?俺にそんなこと」
「抱っこ」
「は、はい」
ローゼンは従順に私の命令に従い私の体を慎重に抱き上げた。決してこちらには向けられない伏し目がちなその視線がオロオロとさ迷っているのがわかる。
間近で見るローゼンは、やはり麗しい青年だった。淡い金髪のサラサラとした髪、切れ長のアイスブルーの瞳、透き通るように白い肌、高い鼻梁、形のよい唇、信じられないほど整ったその造形。背は高く、引き締まっていながら、私を片腕で軽々と抱えられる程度には鍛えられた肉体。
本当に、私の前世の世界に生まれていたならば、尋常じゃなくモテただろうに。この世界では、目を合わせてもらえたというだけで舞い上がって、大して可愛くもない私と話したいという思いだけで、犯罪まで犯しちゃうレベルの不細工なのだ。
そのまま自宅まで抱き上げられたまま帰る。恥ずかしいという感情はもはやない。虚弱な私にとってはわりとよくあることなのだ。近所の人々も私のそんな姿は見慣れているのだが、今回は抱き上げている人物がフードを被った大柄な男なせいか、いつもよりは明らかに視線を受けていた。そして、家の前に着くと、なんとか立ち上がれる程度には回復した私はローゼンと別れた。
いつもより帰りの遅くなった私を心配していた両親には、帰り道の途中で立ち眩みにあい休んでいたところを通りすがりの人物に送ってもらった、と嘘をついた。優しい両親にこれ以上心配をかけたくはなかった。
そして、自らの部屋に戻り傷付いた両腕を見る。長袖の服を着ていた為、両親には気づかれなかった。大した傷ではないとはいえ、私にとっては放置するのは得策ではないので、きちんと洗浄し薬を塗った。
皮膚の上のヒリヒリとした痛みは徐々に収まりつつあるものの、肩や肘の関節が熱を孕んだように痛む。重怠い腕は持ち上げることも困難だ。経験上、明日は熱が出そうだと感じて、それを親に伝えておかなければ、とは思うものの体力の限界をとっくに迎えていた私は、何も出来ず気絶するように眠ってしまった。
翌日、予想通り熱を出した私は丸2日寝込んだあと、仕事場に行けるようになったのは、例の事件から1週間が経った後だった。
そして、その1週間で、私はとある考えに至っていた。
やっぱり、あのくそ誘拐犯、許さない、と。