模倣犯の信じがたい犯行理由
「ち、違うよぉ!俺が本物の連続殺人事件の犯人だよ!」
慌てたように私から離れてローゼンはフードを深く被り直した。私は再びロープで両腕を吊られた体勢になる。それがキツい。しっかりと立とうとするも、私の貧弱な体は言うことをきかない。足に力が入らない。立てないからロープで縛られた腕に全体重の重みが加わる。言いたいことはあるのに、歯を食いしばっていないとまた気を失いそうで、声が出せない。
「あっ!!」
焦ったようなローゼンの声がして、再び私の体はローゼンによって抱き上げられる。ガッチリとした腕が私の体を横抱きに抱えている。荷重による苦痛から解放されほっと息を吐いた。
「ちゃんと立たないと腕痛めるでしょう…」
ローゼンは私を殺すと言いながら、それとは正反対の行動を取っている。けれど、相変わらず目を合わせようとはしない。そんなローゼンの顔を睨み付ける気力もなく、私はぼんやりと視線を向ける。
「あなた、何がしたいの?私のこと殺すと言いながらどうして私の心配をしているの」
抱きかかえられている腕は筋肉質でたぶん私を殺すことなんて容易いだろう。けれど、ローゼンからはそんな様子は窺えない。ローゼンははっとしたような顔を一瞬だけして、その形のよい唇に冷たい微笑を浮かべた。
「だからぁ、さっき言ったでしょう?このお薬を飲まなきゃ殺すって」
ローゼンは私を片腕で抱えたまま小さな小瓶を差し出した。なんの薬か、ラベルなどは付けられていない。男の手の中に隠れるようなサイズの薄桃色の小瓶の中にはとろりと揺れる液体が入っていた。
「それ…」
その小瓶に、私は甚だしく見覚えがあった。いわゆる、惚れ薬という名で、主に金持ち達の間で流行っている、ただの砂糖水だ。ただの砂糖水、は言い過ぎたが、ラブレターという花の蜜がほんの1滴垂らされているだけの砂糖水。効果なんて気の迷いに決まっている。
毎朝、毎朝、家の前に置かれ、私宛の白い封筒に入って届くそれ。初めて届いたとき、あまりに不審なそれをカフェの店長である叔父に見せればそのように説明された。それ以降、私はこの小瓶をことごとく割り続けていた。お金にすれば一体いかほどか、その差出人がこの男だとすれば得心もいく。王国一の大商人にして、爵位を金で買ったと言われる成金男爵家アルハイムの長男。醜悪なる怪人ローゼンとあだ名される彼ならば、あの馬鹿高いらしい砂糖水を文字通り湯水のごとく使うのは簡単だろう。
「…私のストーカーってあなただったのね」
何でバレた!?みたいな顔をしているローゼンに、何故か私の頭が痛くなる。まさかここまで馬鹿だとは思わなかった。
「ち、違うよぉ!俺は、連続殺人事件の犯人で」
「それが違うのはもうわかってるわ。模倣犯さん。あなた、例の連続殺人事件の犯人のふりをして私を脅して、それを飲ませようとしただけでしょう。そして、毎朝、毎朝、私の家の前にその惚れ薬を置いていたストーカーもあなた。つまり、あなた、私に惚れてほしくてこんなことしたわけ?」
「うぐぅぅ」
私の鋭くもなんともない指摘にローゼンは絶望の表情を浮かべ唸り声をあげている。もはや、誤魔化そうということすらしていない。血の気の引いた男の顔は紙のように真っ白でその冷悧な美貌を際立たせていた。
「私をあなたに惚れさせてどうするつもりだったの?」
私は別に可愛くない。丈夫な体すら持ってはいない。嫁の貰い手を両親に心の底から心配されているくらいなのだ。
酷く奇特なことだが、私のことが好きだからこそ、ローゼンはこんなことをしたんだろうが、それにしてもなんでこんな手の込んだことをしたのか。ここまでして、私に惚れ薬を飲ませて何をしようと、もしくは、させようとしたのか。
「…俺と話して欲しかった」
……………………は?
きっと他にも言葉が続くのだろうと数秒待ってみたが、ローゼンはそれ以上何も話さずに絶望を更に深めているようだった。
「え、それだけ?」
拍子抜けした私は思わず呟く。頭痛は更に酷くなっていた。