模倣犯と困惑
そして、わたしは今日、初めて、ローゼンの家に来ていた。
朝、10時。
いつもローゼンが私の家にやってくる時刻。約束も何もしていないから、会えるとは思っていなかった。男爵家の家とは思えないほどに華美で広大な屋敷の前で、バスケットを持って私は立ち尽くす。
私は、意を決して門の前で立つ護衛にローゼンとの取次を頼んだ。
門扉から屋敷まで一体どれほど距離があるのだろうかと悩むくらい遠くに見える屋敷から、長身の男が信じられない速度で駆けてくるのが見えた。
門扉を通された私は執事らしき人に案内されているのだが、隣の執事らしき人が走ってくる人物を認識してか顔を引きつらせているのがわかった。
「シェリル、ちゃんっ!?なんでぇ!?どおしてぇ!?言ってくれたら、俺が行くのに!っていうか、ここ遠かったよね?体、大丈夫?抱えようか?」
あまりに慌てた様子のローゼンに私は声を上げて笑ってしまった。顔を真っ青にして目を白黒させているローゼンは伺うように私を見下ろした。
「ふふっ。今日は、やめておくわ」
「そ、そう?」
私の返事を受けて、ローゼンは執事らしき人に先に戻るように指示していた。そして、いつものように私の横に立ってローゼンはゆっくりと私のペースに合わせて歩き出す。屋敷までの長い距離をゆっくりと時間をかけて歩きながら、ローゼンの困惑した様子を見つめる。
「急に来て、迷惑だったよね。ごめんなさい」
「えっ!そんなわけないよ!ごめんね。そういう風に見えたとしたら俺のせいだ。本当にごめんなさい。違うんだ。シェリルちゃんが来てくれて嬉しい。けど、シェリルちゃん、病み上がり、だよね?だから、心配で…」
「まぁ、そうね」
「だ、だよね?やっぱり、俺が抱えて行こうか?」
それに私は首を振った。ローゼンの普段と変わらない態度は、けれどどこか怯えているようだった。ローゼンの感情はやはりよくわからない。けれど、今はもう話をする余裕があるから。急ぐ必要はないけれど、無視をする必要もないのだ。私はローゼンに案内されて、屋敷内の華美な装飾の施された客間に通された。ふっかふかのソファに座って、何故か既に準備されている美味しそうなケーキと湯気を立てる紅茶を見ながら私はしまったなぁと思う。お礼を言いに来たというのに、もてなされてしまっている。
「あ、シェリルちゃん、これよければ食べてね。シェリルちゃんの口に合うといいんだけど」
私は向かいのソファに座っているローゼンの瞳をひたと見つめる。ローゼンはほんの僅かドギマギと視線をさ迷わせて、そして観念したかのように私の瞳を見つめ返した。
「ローゼン、この前、ノネットを助けるのに協力してくれたこと本当に感謝してる。ありがとう」
「うん。いいんだ。シェリルちゃんのためになれたなら俺も嬉しい。それと、ごめんね。もっと俺が上手く立ち回れてたらシェリルちゃんも、あの子も、あんなに苦しまずに済んだのに」
優しすぎるローゼンの言葉は私の胸にグサグサと突き刺さる。
それは違うだろう。だって、ローゼンの考えを一切聞かなかったのは、私だ。そして、もっと早くにローゼンを頼らなかったのも、私の判断なのだ。
「…ローゼンは、何も悪くないわ。私が願ったことをあなたは全て叶えてくれた。あなたがいなければノネットは救えなかったし。私があなたをもっと頼っていれば、きっとずっとより良い方法を考えることが出来たと思う。だから、私の判断ミスなのよ」
「そんなことないよぉ。全部シェリルちゃんのおかげなんだよ」
「まぁ、お互い、終わったことを後悔しても仕方ないから、もうやめましょう。私はあなたにお礼を言いに来た。それをあなたは受けてくれた。それで良いかしら?」
「うん、もちろんだよ。俺はあの時シェリルちゃんが俺のことを頼ってくれて嬉しかった。ありがとう」
「ええ。それと、もう一つきちんとしておきたいと思って」
「あ、うん。な、なぁに?」
ローゼンはまた怯えたような表情を浮かべる。私はそれが気になってとりあえず聞いてみることにした。
「あなた、時々怯えているように見えるのだけれど、何かあった?」




