表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣技を放て!  作者: 源平氏
剣の街ソルドン編
9/57

第9話 大会初戦:剣士テルス

 闘技場:大剣士時代以前から存在した施設。円形の試合場を観客席が囲んだ構造であり日光調整用の天幕を張ることが出来る。かつては奴隷や猛獣を戦わせる娯楽施設だったのを王立剣士連盟協会が買い取った。地下施設には猛獣用の檻の他選手を地下から登場させる人力エレベーターなどがあったが、現在は剣技の余波で老朽化が一気に進み立ち入り禁止となり現在に至る。

「九千九百九十八! 九千九百九十九!」


 トーナメント受付から試合までの約二時間の待機時間をすべて使い、素振りを行う剣士が居た。二十歳とまだ若いキリッとした表情の男である。名前はテルス。今大会の出場者の一人だ。


 いかに剣士といえども一万回の素振りは過酷である。テルスの両腕はすでに痙攣をおこし、振っている剣はまるで巨岩のように重く感じていた。


「一万!」


 そこまで数えたテルスは素振りをやめ力尽きたように座り込んだ。腕を動かすのが辛い。額の汗をぬぐう事すら煩わしかった。


「テルス様、間もなく試合となりますのでご準備ください」


 テルスが呼吸を整えていると、控室に連盟の職員がやってきてそう言った。テルスは回復しきっていない体を持ち上げ闘技場へと向かった。


 西門をくぐり闘技場へと入る。先ほどまでは石の床だったが、闘技場の中は土がむき出しの荒れ地であった。そしてそれを囲む高い壁と観客席。


 この壁は剣士同士の戦いの余波から観客を守るための物だ。剣士同士が全力で戦えば周囲にも被害が及ぶ。もしも壁を越えて、あるいは貫いて客席に攻撃が届いた場合は運営が用意した剣士たちが自らを盾にしてでも観客を守る事になっている。


 大会ではよく壁が破壊されるため毎回補修もしくは再建設されており、頑丈ながらもつぎはぎが多く見られた。さながら歴戦の要塞である。ただし要塞が外からの攻撃に備えているのに対し、この闘技場では内側からの攻撃に備えているという違いはあるが。


 闘技場に現れたテルスに向けて観客の声援が浴びせられた。対戦相手は、まだ来ていない。


 高揚する精神を、テルスは深呼吸して落ち着かせた。この大会に向けてテルスは必死で修行してきたのである。その成果を最大限発揮するためには冷静さを欠くことはできない。


 テルスには目標があった。打倒剣王である。ソルドンの大会の絶対王者。大会を連覇し続け剣王の資格を与えられている男に打ち勝つ事だ。それが出来なければ、大会で優勝しなければテルスは一生剣聖にはなれない。


 実のところ、テルスは既に剣聖としての実力を持っている。ただ今まで剣王が大会を連覇しているため昇格できなかったのである。


「大丈夫だ。落ち着け。俺ならできる。そのための仕込みもしてきたんだ」


 テルスはそうつぶやき自分の剣を見た。テルスの剣には膨大なエネルギーが溜まっていた。


 剣技、チャージ万剣。攻撃が当たらなかった場合、その分の威力が次の攻撃に上乗せされる。最大連続チャージは一万回。そして攻撃が当たらなかった場合というのは素振りにおいても適用される。


 つまり今、テルスの剣には一万回分の攻撃の威力がチャージされているという事だ。試合を一撃で終わらせることでそれ以外を隠蔽し剣王に挑む。それがテルスの戦略だった。


 観客の声援がさらに強くなった。対戦相手が向かいの門から登場したのである。その姿を見たテルスはただただ困惑するしかなかった。若すぎるのである。異例の若さで剣士になったテルスでさえ当時十八歳であった。だがテルスの対戦相手はそれ以上に若い。恐らく十五歳ほどだろう。


 だがそれ以上にテルスを困惑させるものがあった。傷である。その若い対戦相手の全身には塞ってすらいない傷が無数にあった。よく見れば顔色も悪い。出血で足がおぼつかないのだろう、わずかに重心がブレている。


 棄権しないのか!? そうテルスは思った。予選を突破できても、その際の負傷により棄権する選手は珍しくない。対戦相手の傷はすぐにでも試合をやめて治療を受けるべきものであった。


 剣士は試合の前に名乗り合うのが礼儀だ。テルスの前までやってきた少年が口を開く。


「俺はザン。まだ剣士じゃないけど大会の選手だ。よろしくな」

「……俺はテルス、ランクは剣士だ。その……傷が深いようだが棄権したほうがいいんじゃないか? いやすべきだ。よく見たら骨もあちこち折れてるじゃないか。とても試合をできる状態じゃない」


 テルスはザンの痛々しさに耐えられずにそう薦めた。それはテルスの気遣いだった。安静にしていなければ死んでしまうかもしれないとテルスは本気で心配していた。


「心配しなくて大丈夫だ。それに棄権はしねえ。どうしても大会に優勝しないといけないんだ」


 ザンはテルスにそう返した。既に満身創痍だが、その目には強い闘志が宿っていた。それを見たテルスは背がゾクリとする。


「俺は強くなるためなら全力で戦う。そのせいで途中で死ぬ覚悟もしてる。それくらいじゃないと俺の目的は果たせないからな」

「目的? 死の危険を冒しても叶えたいことって、一体何なんだ」

「俺は、剣神を目指してるんだ」


 士、聖、王、帝、頂、天、神。剣士の格である。その最高位である剣神を目指すと聞き、テルスはまたもや困惑した。剣神の称号を冠した者は歴史上ただ一人、剣技の祖クラウス・モーガンである。剣神とはその人を指すともいえる。そして彼の死から現在まで百年の間、剣神に至った者はいない。というよりも、剣神はクラウス・モーガンのための称号なのだ。剣の世界における実質の最高位は剣天。それ以上には行けないのである。


 つまるところ、ザンの言っている事は戯言としか言いようが無かった。


「お互い名乗ったんだ。後は斬り合うだけだろ?」


 ザンが剣を抜き構える。釣られて剣を抜いたテルスだったが、自分の剣に溜まっている力の事を思い出し後悔した。テルスが剣を戻すより先に、二人が構えたのを見た審判が銅鑼を鳴らした。広い闘技場に試合開始の音が響き渡る。


「行くぜ!」


 ザンが突進し斬りかかる。テルスは剣でそれを受け止めた。次いで放たれるザンの攻撃をテルスはただひたすら防御し続けた。


 失敗した、テルスは内心でそう後悔する。テルスの剣技は、当たらなかった攻撃の威力を剣に溜めて次の攻撃に持ち越すものだ。試合前にした一万回分の素振りの威力が既にチャージされているのである。


 死んでしまう、殺してしまうとテルスは思った。先ほどから数手打ち合わせただけでザンの傷が開き血がにじみ出ている。気力に肉体が付いて行ってない。今のザンの怪我では並の攻撃ですら致命傷となるだろう。そんな状態の相手にチャージ攻撃を放つなどオーバーキルだ。ましてザンはまだ少年。剣士ですらない。


 剣で攻撃はできない。故にテルスは剣で防御に徹しつつ隙を突いてザンに蹴りを放った。剣士の誇りを汚すその攻撃は、仮に全力で放ったとしてもネズミ一匹傷付けることはできない。だが今のザンにとっては強すぎず弱すぎない、殺さずに倒すにはちょうどよい威力であった。


「どうした! 本気で来いよ! そうじゃないと俺が強くなれないだろ!」


 だがザンは止まらない。内臓が傷ついたのだろう。血を吐きながらも剣を振るう。剣で攻撃できないテルスは次第に圧倒されていく。


「剣を振れ! 剣士だろ!」


 ザンが叫ぶ。テルスは一瞬迷ったが、やはり剣で攻撃は出来なかった。テルスも剣士である以上、試合で敵の剣士を殺してしまう事は覚悟していた。だが剣士でない死にかけの少年を死なせる道は人として選べなかった。もしも攻撃するのなら、剣に溜まった威力をリセットしてからだ。


「……わかった。今から反撃する。どうか死なないでくれよ」


 テルスがザンの攻撃を潜り抜け闘技場中央へと走る。そしてザンが追い付く前に、剣を地面に軽く刺した。剣に溜まった全てのエネルギーが解放される。



 闘技場が揺れた。



「じ、地震だー!」


 観客席から悲鳴が上がる。そして、地面が崩落した。老朽化により使用されなくなった地下施設が埋没したのだ。壁の内側の地面がフロア一つ分落ちる。この日、闘技場の壁は相対的に五メートル高くなった。


「痛って……なんて威力だよ」


 巻き込まれたザンは尻餅をついていた。幸い崩落による怪我はない。


「本番はこれからだ。ザン」


 平らだった地面から一転岩山のように凹凸の激しくなった地面に立ち、テルスはザンに剣を向けたのだった。


次回、第10話:テルスと覚悟

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ