第8話 孤軍奮闘
大会前日の夜。出場剣争奪戦は佳境を迎えますます激しくなっていた。出場剣を持たない剣士は血眼になって出場剣を探している。出場剣を持っている剣士は連戦に次ぐ連戦を強いられ、家屋に引きこもろうものなら建物ごと崩壊させられる有様であった。
出場剣の多くはすでに強者に渡っているとはいえ、その中には負傷し実力を出せなくなった者も当然いる。そんな剣士の一人を見つけたある集団が今、その剣士を追いかけていた。
「お前たちは先回りしろ! 奴は手負いだ。近道すれば追いつけるぞ!」
集団の一人がそう指示を出した。リーダー格のその男は名をカルヴァスという。カルヴァス達は出場剣を狙っていたが、剣士ではなかった。
剣士の逃げ足が思った以上に速いせいで騒がしくしてしまったとカルヴァスは苛立った。彼の手下が最初から上手く包囲していればこんなに目立つ真似をしなくて済んだのにと内心愚痴る。
剣士の足が止まった。カルヴァスの指示により先回りした手下が行く手を阻んだのだ。
「やっと追い詰めたか。手こずらせやがって」
カルヴァス達が剣を構える。手負いの剣士を挟んで一本道の一方を二人、逆側をカルヴァス達五人で塞いでいた。狙いは剣士の持つ出場剣である。
「ようやく見つけた二本目だ! 反撃される前に潰せ!」
彼らは剣士になれなかった者の集まりである。実力が足りず剣の道を諦める者は多いが、中にはその夢を諦めきれない者もいる。カルヴァスもそういった人間の一人だった。
カルヴァスたちの目的は大会に出る事。そして自分たちの存在を知らしめて剣士となる事であった。自分たちには剣士になれるだけの実力があると、実力さえ示せれば認められると彼らは本気で信じていた。そのために同じ志の仲間と力を合わせ、出場剣を狙っているのである。
「うぎゃ!」「ぐはっ!」
その時、カルヴァスの反対側を塞いでいた二人が突然倒れ伏した。
「誰だ!?」
カルヴァスが誰何する。倒れた二人の後ろに誰かが立っていた。月明りに照らされ下手人の姿が浮かび上がる。
「やっと見つけたぜ。集団暴行の犯人さんたちよぉ」
下手人の正体はザンだった。剣を肩に担ぎ荒い呼吸を繰り返している。休む時間も惜しんで街を駆け回っていたザンがようやく犯人を見つけたのである。
「そこのあんた、こいつらの相手は俺がするから今のうちに逃げな」
ザンが手負いの剣士に声をかける。その剣士はザンをちらっと見ると、何も言わずにザンの横を通り過ぎそのまま走り去っていった。
「てめえ! 邪魔すんじゃねえ!」
手下の一人が憤怒し斬りかかった。そしてザンに一撃で意識を刈り取られる。殺気立つ手下たちをカルヴァスは制しザンに声をかけた。
「お前、たしか街で話題になっていた少年だろ。剣士じゃないのに出場剣を持ってるってな」
「そんな噂はしらねえ。でも剣士じゃないっていうのは本当だ。あと今は出場剣は持ってない」
「……そうか。俺たちも剣士じゃないが大会出場を狙ってるんだ」
カルヴァスが自分の出場剣を見せた。そしてザンに提案をする。
「どうだ、手を組まないか? 仲間は多いほうがいいだろ?」
「断る。ルール違反だからな。お前ら全員連盟に突き出してやるよ」
「いいのか? こっちはまだ四人いる。俺たちを同時に相手して勝てると思って――」
次の瞬間カルヴァスたちはザンの攻撃を受けて吹き飛んだ。剣の腹で顔面を殴り飛ばされたのである。建物の壁にめり込んだ四人を見ずにザンが口を開く。
「数に頼る奴らなんかに負けるわけないだろ。あと俺の目的は大会出場じゃねえ。大会優勝だ。一緒にすんな」
ザンが気絶したカルヴァスの出場剣を奪う。後はカルヴァスたちを連盟に突き出せばザンの身の潔白は証明されるはずだった。
「いやはや、まさか犯人を見つけてしまうとは。念のため監視しておいて正解でした」
そこに剣士の集団が現れ声をかけてきた。ザンにとって聞き覚えのある声である。ザンは剣を持ったまま声の主に向かい合った。
「オーサンか。こんな所でなにしてんだ?」
「困るんですよねぇ、剣士でもない人間に大会に出られては」
「なんでだ? ルール上問題ないんだろ?」
「ええ。ですが私たち剣士にも面子というものがあるんですよ。剣士でもない一般人相手に、弱った所を集団で襲われたのならともかく、一対一で負けたとあっては剣士の存在意義が揺らいでしまう」
オーサンが忌々し気にザンを睨み付けた。他の剣士も同様である。彼らは既にザンを取り囲み剣を抜いていた。
「……もしかして、言いがかりをつけて出場剣を奪ったのも俺の邪魔をする為か?」
「その通り。その為に先ほどあなたが倒した彼らを諭し問題を起こさせたんですよ。次回の大会からは規定が改訂されるでしょうね。剣士でなければ出場できない、と」
「そうか。なら絶対にこの大会で優勝しないとな」
「させると思いますか?」
「するさ」
即答するザンに、オーサンはため息をついた。
「私たちは八人、先ほどの雑魚とは違い本物の剣士です。勝てると思いますか?」
「……あのさぁ、さっきのやつらの時も思ったんだけどさ、お前らどっかズレてないか? 正々堂々と戦って勝てばいいだろ。それができないんだったら剣士なんかやめちまえよ」
図星だったのだろう。オーサンの顔が険しくなる。ザンの正論に反論できずオーサンは声を張り上げた。
「剣士でもない子供が剣士を語るな! お前ら行け!」
「上等だ! 全員返り討ちにしてやる!」
剣士たちが一斉に斬りかかる。ザンはたった一人でそれを迎え撃った。だが相手は格上の剣士が複数人。初めは勢いよく戦っていたザンだったが、次第に疲労が見え始め追い詰められていった。
「剣技! 奉納演舞!」
オーサンは一人、離れた所で剣の舞を踊っていた。彼の剣技は精霊に剣舞を納める事で味方に精霊の加護を与え強化する。集団戦においてこそ真価を発揮するものであった。
「どうですか? 私の剣技は! このタイプの剣技は使い手が少ない希少な物なのです! 剣技の使えないあなたと私とでは天と地ほども能力に差がありすぎる!」
オーサンが舞いながら自らの優位性を誇示する。その間にも、強化を受けた他の剣士たちはヒットアンドアウェイでザンを撹乱し着実にザンに傷を付けていった。深くはないものの体のあちこちを斬られたザンは血を流しており、既に瀕死の状態に思われた。
「最後まで油断してはいけません。剣技を使って確実に止めを刺すのです!」
オーサンが指示を出す。剣士たちは瀕死のザンに躊躇なく剣技を放った。
「剣技、空力加熱!」
剣士の一人が振るった剣が空気抵抗により発熱し炎を生んだ。ザンが飛び退いて剣をかわすと炎が剣から剥がれザンに向かって飛んで追従する。ザンは剣を振り炎をかき消した。
「剣技! 土つらら!」
別の剣士が地面に剣を突き刺した。刀身の分だけ押し退けられ行き場をなくした地面がザンの足元で隆起する。そしてとげ状に変形しザンを突き上げた。
「ぐっ!」
とっさに剣で防いだもののザンは空中に打ち上げられた。その時ザンは、夜の空中に何かが張り巡らされていることに気づく。
「剣技、セッティング・スラッシュ。空中には俺の斬撃が無数に設置してある。そのまま細切れになっちまえ」
剣士の一人が勝ったとばかりにザンにそう告げた。ザンは空中で体を激しく捩じり剣を一閃した。空中の斬撃を消し飛ばして難を逃れ、地面に落ちていく
「着地した瞬間を狙いなさい!」
オーサンが再び指示を出した。剣士たちは指示通りにザンを狙う。
「おらぁあああ!」
着地の瞬間ザンが地面に剣を叩きつけた。落下の衝撃が剣を通して地面に伝わりクレーターを作る。その衝撃で何人かの剣士は飛ばされ、他の剣士たちも足を取られ体勢を崩した。
その隙を突きザンは包囲を突破した。そして安全なところに居たオーサンへと突進する。
「なっ!? 私を狙うとは卑怯な!」
オーサンは踊りを中止しザンの攻撃を防御した。それにより奉納演舞の効果が消える。
「俺を出場させたくないなら、お前が俺を倒して大会に出れば良かったんだ! それをしないで数に頼ったお前はさっきのやつらと同じだ! そんな奴に俺は負けねえ!」
ザンが剣を振るった。オーサンの右腕が斬り飛ばされ宙を舞う。
「ぎゃああああああ!? 私の! 私の腕があああ!」
「うるせぇ!」
次いで剣の腹で頭を殴られたオーサンが倒れた。そこに剣士たちが遅れて追い付いて来る。
「かかって来いやああああ!」
ザンは残りの剣士たちに立ち向かっていった。この夜、ソルドンの街の一区画は更地となった。
翌日の朝、街の中央の闘技場には大会出場者が集まっていた。既に三十一名が受付を済ませ出場を確定させている。いずれも出場剣争奪戦を勝ち残った強者である。その中にザンはいなかった。出場枠は残り一つ。最後の出場剣を持つ者を、出場者たちは今か今かと待っていた。
受付の外で爆音が鳴り響いた。大会当日の受付前は出場剣を奪いあう最後の戦場である。最後の出場剣を巡り、剣士が戦っているのである。やがて戦闘音が収まり、一人の少年が受け付けのある闘技場へと足を踏み入れた。
「俺はザン。大会に出場するぜ」
全身に傷を負いボロボロの姿でザンは疲弊を隠すこともできずに、しかし確かにそう宣言したのであった。こうしてトーナメント参加者三十二名が確定。受付を済ませたザンは選手控室に案内されると、糸が切れた人形のように倒れたのだった。
ソルドンで実戦を積むことでザンは急速に強くなっています。一話の賊レベル四人なら一瞬です。
次回、第9話 大会初戦:剣士テルス