第6話 出場剣争奪戦
あくる日、ザンはまたしてもどぶ攫いに精を出していた。水路は深さ二メートル、幅三メートルほどである。水路沿いを歩いている人がザンを見下ろせば、ザンの背中には二本の剣が背負われているのがよく見えるだろう。実際にそれを見た人々は皆もれなく驚きの表情を浮かべた。なんであんな子供がと野次馬たちが声を漏らす。
二本の剣の内、片方はザンがもともと持っていた剣だ。親友の形見の剣である。もう一方はザンが昨晩手に入れたものだ。目立つ装飾が施されている以外はどこにでもありそうな剣である。
この剣を、昨晩ザンは他の剣士から強奪した。もちろん理由はある。
「小僧!」
橋の上からザンに声をかける男が居た。ザンは橋を見上げ、声の主が剣士であることを察する。
「俺はヤムナム、剣士だ! 大会の出場剣をかけて勝負しろ!」
ヤムナムと名乗った剣士はそう言うと、ザンの返事を待たずに剣を抜き跳んだ。ザンの頭上から剣を振り下ろす。ザンはとっさにそれを避けた。ヤムナムの剣が着水した途端、水が真っ二つに割れ水路の両方向へと津波を引き起こした。
「ああもう! またかよ!」
ザンはそう愚痴るとどぶ攫い用のスコップをぶん回した。ヤムナムはスコップを剣で受けると額に青筋を作る。
「剣を抜け! 俺を愚弄する気か!」
「汚れた手で大事な剣を触れるわけねーだろ!」
ザンが力任せにスコップを押し込む。ヤムナムは逆らわずに下がり距離を取った。そして互いに睨み合う。
「もう一度言う。剣を抜け!」
「スコップに勝ってから言え! おっさん!」
「俺はまだギリ二十台だ!」
二人が再び武器を振るう。だがヤムナムは剣でザンはスコップだ。剣を握っていないザンは本来の身体能力の十分の一も発揮できない。数度武器を打ち合わせた時点でザンは追い込まれていた。
そもそもスコップは武器ではない。金属製ではあるが鋼ではなく、斬れ味も皆無だ。剣に勝っている点は、物をすくい上げやすい形状というその一点のみ。
「喰らえ! ヘドロスプラッシュ!」
ザンは水のはけた水路の底をスコップで掬うと汚泥をまき散らした。ヤムナムの顔に初めて恐怖の感情が浮かび上がる。
「おりゃおりゃおりゃー!」
「汚いんだよっ!」
ひたすらに撒き続けられる汚泥をかいくぐりヤムナムは距離を詰めようとした。だがヤムナムが前に出た分だけザンが下がる。そのことにヤムナムは苛立った。
ヤムナムの耳に、ゴゴ―という音が届いた。水路の先から聞こえてくる。ヤムナムがちらっとその方向を見ると、大量の水が押し寄せていた。先ほどの津波が引き返してきたのである。
「待ってたぜこの時を!」
ザンが押し寄せる水にスコップを叩き付けた。二人の間に水柱が立ち上がる。水柱がザンを覆い隠したことによりヤムナムはザンの姿を見失った。
「小癪な! 剣技、面による制圧斬撃!」
ヤムナムが水柱を抉り飛ばし視界を確保する。そこには既にザンはいなかった。
「どこに――」
「こっちだ!」
ザンの声を聞きヤムナムが反射的に振り返る。ヤムナムの目に、自分の顔に命中する直前のスコップが映った。
「スコップビンタ!」
ザンが技名を叫びながらスコップを振りぬく。ヤムナムはスコップをもろにくらい、水路の壁に叩き付けられたのだった。
午前だけで三度目の襲撃である。ザンは額の汗をぬぐい一息つくと、再びどぶ攫いに戻ったのだった。
事の始まりは昨晩である。
「剣士じゃないと大会に申し込めないんだ」
「駄目じゃねーか!」
剣士になる方法があるというシラフの話を聞いていたザンがそう声を張り上げる。大会で優勝すれば剣士になれるという話だったのだ。怒るのも当然である。
「まあ聞け。大会に申し込んだ剣士には剣が配られる。派手な飾りがついた奴な。周りを見てみな。何人か持ってるだろ?」
ザンは言われるがまま辺りを見回した。すると確かに、剣士連盟の建物内にそれらしい剣を持った人がいる。その剣にザンは見覚えがあった。謎の少女が剣士から奪っていった剣と同じ作りだ。
「出場剣って俺たちは読んでる。そして大会に出場できるのは大会初日の朝の受付に出場剣を持っていった奴なんだ」
「そりゃぁ、申し込んだ奴が剣を貰えるんだからそうだろ?」
「ちっちっち。解ってねえな~少年。当日に出場剣を持ってたやつが出場できるんだぜ? どうやって手に入れたかなんて問われねえ。なら奪えばいい。そうすりゃ少年でも参加できる」
「はぁ? 人の物を勝手に取ったらダメなんだぜ? 知らないのか?」
「違う違う。そういうルールなんだ。これは予選なんだよ」
「予選?」
「そうだ。この街の剣士は八十人弱。大会に出るために他所から来たのもあわせると百人くらいの剣士がいる。そんなに沢山の剣士を一組ずつ試合してたら時間が足りねえだろ? だから奪い合わせるんだ。出場剣は三十二本。試合当日までに手に入れて守り通せた強者がトーナメントに出場できる」
ザンはなるほどと思った。あの少女もまた大会に出場したいのだろう。だから他の剣士から出場剣を奪ったのだ。
だがそれでも、他人を襲って所有物を奪うというのは良心が咎めるというものだ。世間一般では犯罪行為である。生まれてこのかた法を順守してきたザンには選びづらい手段に思われた。
「ルールなら問題ないな!」
否。そんな呵責はザンには無かった。剣士連盟の建物内は私闘禁止とシラフから釘を刺されたザンは早速夜の街を駆け回り剣士を強襲。苦戦の末に出場剣を手に入れたのだった。
出場剣を手にした者はその携帯を義務付けられる。大会まであと一週間、ザンは襲い来る剣士たちから出場剣を守り切らなければならないのであった。
ヘドロスプラッシュ:剣技ではないが、精神攻撃系の剣技と遜色ない精神ダメージを与える。汚くてすいません。
次回、第7話:出場停止?