第55話 捨てて捨てて捨て去って
盗賊団との戦いが始まったのが明け方。そしてそこから逃げたジーファンがイージンに到着したのはまだ朝と言ってよい時間帯だった。空からイージンを見下ろすと、いつもの日常を懸命に生きている住民が道を行き交うのが見える。
ハッチに乗り空を飛ぶジーファン。街の一角にある自分の工房を目視すると、マインを抱えたまま上空で飛び降りた。すでに限界を超えていたハッチは操縦者を失い、意識がないままゆらゆらと滑空しどこかの建物に突っ込んでいった。恐らく墜落死しただろう。
飛び降りたジーファンはクレーターを作りながらもなんとか地面に着地。足の痛みを無視して工房へと入っていった。
「ここももう危険ですね。すぐに移動しなければ」
ジーファンが工房を見回す。壁一面には剣がずらりと並んでいた。隅に置かれた樽にも大量の剣が傘立てのようにして入れられている。その全てが魔剣。数年かけて造り続けたジーファンの作品である。
「これをすべて運び出すのは骨が折れますね。どこかで馬車も調達しなければ」
ジーファンはマインを床に下ろした。ぐったりしている。その容体を確認し、僅かに体力が回復しているとジーファンは判断した。
「今なら意識もありませんし、抵抗されずに収穫できそうですね」
少しでも剣技を使える程度に体力があればいい。それさえあればオーバーブーストで鋼化を暴走させられる。気を失った状態ならこんにゃく体で暴走を中和することもできないだろう。
ジーファンはマインに手を触れる。そしてオーバーブーストをかけようとした。
ドガン!
工房の扉が外から蹴破られた。中に何者かが入ってくる
「追い付いた!」
「あなたは……!?」
目を丸めるジーファン。闖入者の正体はザンだった。
「マインを返せ! ぶっ殺すぞてめえ!」
「っ、一歩でも動いたらマインさんを殺しますよ!」
とっさにマインの首にレイピアを突きつけるジーファン。剣を振りかぶっていたザンがピタリと止まった。
最悪だ、とジーファンは内心で愚痴った。まさかこんなにすぐに追いつかれるとは想定外だった。それどころか拠点すらバレるという大失態。ジーファンに残された選択肢は限られていた。
もはや魔剣を持ち出す所ではない。
人質を連れて逃げ切れるほどの脚力はない。
戦って勝てる相手でもない。
人質が居なければすぐにでも斬りかかってくるだろう。
そして人質を盾に粘っても他の剣士が集まって来れば包囲される。
「……まったくもって不本意ですよ。開闢の宴も近いというのに」
ジーファンは、なにもかも放棄して逃げるしかないと判断した。
だがザンが追ってくるだろう。それを阻止しなければならない。故にジーファンはマインに、
即死しない程度の致命傷を与える事にした。
レジーナが死んだと知り、ジーファンは盗賊団を切り捨てた。それはいい。
ザンが追ってくるのを見て、ハッチを切り捨てた。これもまあいい。
だが今まで造り上げてきた魔剣を切り捨てるのは、ジーファンにとっては苦渋の決断だった。
或いは折れたと言ってもよいのかもしれない。
マインが死の淵に立てば、ザンはマインを助けようとするだろう。ならその状態でマインを置いて逃げれば、ザンは医者を連れて来るなり医者の元へ運ぶなりしようとするはずだ。
その間に逃げるしか勝算はない。
「五分五分ですかね……」
ジーファンはマインへとレイピアを突き刺――
レイピアを握る腕が斬り飛ばされた。
「――っ! 起きていたのですかっ、マインさん!」
「ついさっきね」
ふらつきながらもマインは立っていた。僅かに回復したなけなしの体力を使って剣技を発動したのだ。
マインからは剣技を使うだけの体力が残っているようには感じられなかった。ジーファンは残った左手で短剣を取り出す。
とにかくマインに重傷を負わせて逃げる。やるしかない。ジーファンは距離を詰めた。
マインはレイピアを拾っていた。
「ごめんねテオ、力を貸して」
「っ!!」
「剣技、ショートカット」
電撃が走った。レイピアは空気を割りながらジーファンの胸に命中。刀身を電気に変えることでチェーンメイルをすり抜け、ジーファンの体を穿ち、そして体内をショートさせたのだった。




