第53話 決意
テオ一人だけなら逃げ切れるのでは?
テオは雷と同じ速度で移動できる。一度発動すると電気を溜め直すのに時間が掛かるが、それを抜き差ししても速い。
今はまだ充電が完了していないためマインと同じ速度で逃げているが、充電が終わればマインは重りでしかないだろう。
マインは足止めを決意した。テオと別れ、そして気配を消すのを僅かに緩める。レジーナたちが自分を追う事を願って。そしてテオが逃げ切れることを願って。
気配を消しているテオの居場所は、既にわからなくなっていた。
追手を引きつけるようにマインは走る。幸いレジーナとジーファンは共にマインの方向を目指して追ってきている。自分が捕まった後に少しでも二人がテオから離れているよう、マインはそのまま走り続ける。
マインの視界が突如広がった。森を抜けたのである。マインは足を止める。
マインの目の前に、断崖絶壁が広がっていた。渓谷である。はるか眼下には川が流れていた。
森の中を、雷の音が木霊した。
「テオ!?」
驚愕と共にマインは振り向いた。テオの気配がする。そのすぐ近くからはレジーナの気配も感じられた。二人が戦っているのだ。
「なんで……!」
テオがレジーナの目の前にいるはずはない。おかしい。テオの足ならもっと離れているはずだ。例え追い付かれたとしても、電気が溜まったのならそれで逃げればいいはずである。何故テオは戦っているのだろうか。これではまるで――
「あの馬鹿!!」
テオの元へと引き返そうとするマイン。森の中に一歩踏み入れた時、木陰から何者かがマインの手を掴んだ。
ジーファンである。
「――!?」
「追い付きましたよ。オーバーブースト!」
マインの鋼化が暴走する。体が変質する。鉄に侵蝕されていく。
「おや?」
ジーファンが訝しんだ。暴走しているはずのマインの鋼化が解けていく。
「……剣技! こんにゃく体!」
体を硬化させる鋼化、そして柔らかくするこんにゃく体。二つの剣技の同時発動は互いの効果を打ち消し合う。それによりマインは鋼化の暴走を食い止めていた。
「なるほど、相反する剣技で効果を中和しているのですか。ですが、その代償は大きいようですねえ」
マインが膝をついた。互いの効果を打ち消し合う剣技はマインの体力だけを急激に消費していた。ものの数秒でマインのスタミナが底をつき、そのまま気絶してしまう。
剣気の枯渇により、鋼化の暴走は完全に止まった。
「……これでは収穫できませんね。体力が回復したのを見計らって、目が覚める前に再度収穫してみましょうか」
「こっちも終わったわよ」
ジーファンの元にレジーナがやってきた。小脇にテオを抱えている。テオはまるで死んでいるかのようにピクリとも動かなかった。
「お疲れ様です。……テオさんちゃんと生きてますよね?」
「生きてないと収穫できないんでしょ? それくらい分かってるわよ」
レジーナが開いた手でテオをつついた。
「う……マイ、ン」
「ほらね?」
「さすがです。助かりますよ」
「さっさと鉄に変えてしまいましょ。また暴れられても面倒だわ」
「ええ、もちろんです。そのまま押さえていてください。オーバーブースト」
テオの剣気が急増する。そして体内を暴れまわり鋼化を暴走させた。テオの全身を鋼が包んでいく。その様子をテオは途切れそうな意識の中で捉えていた。
テオは、剣気の存在に初めて気が付いた。
横たわるマインの姿が、テオの視界に映る。
「――マイン!」
突如テオの全身を電撃が覆う。オーバーブーストにより膨れ上がった剣気をショートカットに注ぎ込んだのである。
「レジーナさん!」
「分かってるわ!」
ジーファンとレジーナはこのことを当然想定していた。収穫こそが最も危険な瞬間なのである。故にレジーナはテオの最期の足掻きに備えていた。
ただ一つ、レジーナにとって想定外だったのは、電気は地面にも流れる性質があったという事である。
「マイン!」
「なっ!?」
地中を移動しマインの元に移動したテオ。そしてマインを崖下に突き落とした。追い付いたレジーナがテオを斬り伏せる。テオはそのまま鋼化の暴走により鉄の人形となったのだった。
「レジーナさん! 追えますか!?」
崖下の川を覗き込むジーファン。大きな川で、水の流れはそこそこ早かった。レジーナはマインの気配を探り、そして首を横に振った。
「だめね。生命力が枯渇しているせいで気配を感じ取れないわ。ひょっとしたらもう死んだかも」
「そう、ですか……」
「もしまだ生きてたとしても、十中八九すぐに死ぬわよ? 一応探してみる?」
「ええ、お願いします」
「じゃあ行ってくるわ。それはあなたが頑張って運んでね」
レジーナが崖を飛び降りた。残されたジーファンはテオだったものを担ぎ上げる。
「もしマインさんが見つからなかったら万が一がありますし、拠点を移動しないといけませんね」
その後、レジーナは手ぶらでジーファンの元に戻ってきたのだった。
マインが目を覚ますとそこは、小さな港町の治癒院のベッドだった。
看護をしていた薬師に聞くと、海で漁師に発見され救助されたらしい。それから丸二日マインは寝ていたのだという。
なぜ自分が海を漂っていたのかマインは知らないが、恐らくは崖下の川に落ちて流されたのだろう。そう考えたマインは薬師に尋ねたが、この港町に人が流れられるほど大きな川はないと言われてしまった。どうやら海流で遠くから流されてきたらしい。
どうして自分は助かっているのか。テオはどうなったのか。レジーナたちはまだマインを追っているのか。様々な疑問が浮かんではマインの心を押し流していく。
覚えているのはジーファンに剣技を暴走させられた所まで。その時テオはレジーナと戦っていた。そして恐らく負けたはずだ。レジーナ相手に勝ち目はない。
「テオ……なんで私のために足止めなんか……」
治癒院のベッドの上でマインはそう呟いた。テオが生きているとは考えづらい。死んでいない理由が思いつかなかった。マイン自身、自分が生きていることが信じられなかったほどだ。
その後マインは王都を目指した。僅かな可能性に賭けて、テオと合流しに行くのだ。
そして王都に着いたマインは一年待ったが、テオは現れなかった。だが諦めきれないマイン。旅に出る事にした。
マインはどうしても確かめたかった。テオがどうなったのかを。その為にも、黒幕であるジーファンを見つけ出し、問い詰めなければならない。そして……
「殺してやる……」
王都を出たマインは、一人そう決意したのであった。




