第52話 逃走
「とうとうここを出れるんだね」
「そうね」
壁を背に座り込んだマインとテオがそう言葉を交わす。たいして多くもない荷物をまとめるのにそう時間は掛からなかった。過ごし馴れた相部屋はたいして変わっていないはずなのに、なぜか殺風景に見えた。
明かり窓からは日が斜めに差し込んでいる。今日の夕焼けはやけに赤かった。あと少ししたら部屋は暗闇に包まれるだろう。
「ねえ、マイン。待ち合わせの場所を決めとかない?」
「待ち合わせ?」
「うん。もしかしたらここを出るときにはもう別々になるかもしれないし、そうじゃなくてもバラバラに逃げる事になるかもしれないじゃん。だから、どこで合流するのか決めておかないと」
いつも溌剌としているテオの声が、今はしんみりとしていた。夕焼けのせいで黄昏れているのかもしれない。
「合流するって言っても、テオは旅がしたいんでしょ? 私と一緒にいるつもり?」
「マインはこれからどうするの?」
「……どうしようかな。あんまり思いつかない」
「じゃあ一緒に旅をしようよ。二人でいろんな所を見て回るの。きっと楽しいよ?」
テオからの誘い。どうやらマインが思っていた以上にテオはマインを好いているようだった。それがなんだか嬉しくて、マインははにかんだ。
「いいよ。場所はどうする?」
「そうだなー、マインが前に話してくれた王都! あそこにしようよ! まずは人がいっぱいいる所がいい!」
「わかった。じゃあ待ち合わせは王都で」
「りょーかい!」
テオがニカリと笑った。マインも釣られて笑いだす。
それから日が暮れるまで、二人は絶えることなく話を続けたのだった。
「最後に一人ずつ話があるわ。テオ、来なさい」
夜。二人が夕食が来たのだと思ったのに反し、部屋を訪れたのはレジーナだった。
「話って?」
「明日からの仕事の事よ」
そうして、テオはレジーナと部屋を後にした。残されたマインはテオの帰りを待つ。
一人ずつ仕事の話をされるという事は、やはりテオが危惧したように二人はバラバラにここを出るのかもしれない。待ちながら、マインはそう予想した。
だが心配はない。王都で合流する算段はすでに付けてある。たとえテオがこのままたたら場を旅立っても問題はない。
問題ないはずだった。
突如雷鳴が轟いたと思ったら、部屋の扉をぶち抜いてテオが転がり込んできた。ただただ驚くマイン。
「マイン! 逃げるよ!」
テオがマインの手を取った。そして返事も効かずに部屋を飛び出す。引っ張られるようについていくマイン。
「テ、テオ!? どうしたの!?」
「全部嘘だったんだ! 暗殺者の話から全部! 私たちは家畜と同じなの!」
「家畜? 一体どういう……」
「あいつらは誰も生かして出すつもりが無かったの! いいから早く!」
「待て!」
マイン達の行く手に山賊男が現れた。剣を抜いている。テオの逃走を止めるつもりだ。
「邪魔!」
凱旋一触。テオが山賊男の首を斬り飛ばした。血を吹き出しながら倒れる山賊男。訓練でも人が死ぬ瞬間を見た事が無かったマインにとってはかなりショッキングな光景だった。
「マイン足を止めちゃダメ! レジーナに追いつかれたらおしまいだよ!」
テオが廊下の突き当りの扉をけ破った。城の外壁の上に出る。テオは躊躇なくそこから飛び降りた。マインにとってはおおよそ一年ぶりの、たたら場の敷地外。日が暮れていることもあり、周囲の森は鬱蒼としていた。
「どこに逃げるの!?」
「どこでもいいから! 少しでも遠くに!」
二人は森の中を駆ける。だが足場が悪くなかなか思ったように進めない。
「テオ、何があったの!?」
「ジーファンだよ! あいつがたたら場のボスだったんだ! あいつは私たちから剣を作ってた!」
「剣?」
「そう! 魔剣! 剣技が宿った剣! あいつの工房は子供たちの彫像で一杯だった! あいつは子供たちを鉄に変えて剣の材料にしてたんだよ!」
人間が剣の材料に。マインにはにわかに信じられない事だった。だがテオが言うならそうなのだろう。
「逃がさないわよ」
背後から斬撃が飛んできた。しゃがんで避けるマインとテオ。斬撃は森を伐採しながら二人の頭上を通り過ぎる。斬撃の通った跡には倒木にあふれた道が残った。
レジーナが姿を現す。
「まさか鉄の扉をすり抜けて逃げられるとは思ってなかったわ。全身を電気に変えれたのね」
感心したように話すレジーナ。更にジーファンまでもが追い付いてきた。
「レジーナさん、置いていかないでくださいよ」
「くそっ!」
吐き捨てるように悪態をつくテオ。二人は追手から離れるように走り出す。再び森の中に飛び込み、木を斬り倒し足止めする。そして気配を消しながら走った。
だが二人が気配を消していたのはたたら場を逃げ出してからずっとだった。レジーナはそれ以上の精度で気配を感知できるのだろう。だから視界の届かない森の中を正確に追ってこれたのだ。
だがテオは諦めない。だからマインも諦めなかった。走り続ける。
しかしレジーナたちの気配が近づいて来る。このままではすぐに追いつかれるだろう。
「マイン! 二手に別れるよ! このままじゃ二人とも捕まっちゃう!」
「で、でも!」
「良いから! 今は自分の事だけ考えて!」
「……わかった」
素直に頷くマイン。だが、ある考えがマインの中に浮かび上がっていた。
テオ一人だけなら、逃げ切れるのではないかとと。




