第50話 疑念と真意
「今日からはこの部屋を使いなさい。喧嘩するんじゃないわよ? それと明日から訓練はあなた達だけで見るからそのつもりでね」
レジーナに案内され、マインとテオが部屋に入る。まさかの相部屋だった。さらに今までの部屋とは違い家具が揃っている。具体的には机とベッドが二つずつ、そしてその他生活雑貨も用意してあった。
「え、すっご……」
テオが思わずつぶやいた。マインも同感である。
「一応今日訓練をさぼった罰として夕飯は抜きよ。だから今日はもう体だけ拭いて寝なさい」
レジーナはそう言うと二人を置いて部屋を後にした。残された二人は自分たちの待遇が信じられず、しばらく呆然としていた。
「……ねえ、後継者の話、本当だと思う?」
しばらくしてテオがマインに尋ねた。
「わたしもまだ信じられてない……」
「だよねー」
「「……」」
二人に沈黙が訪れた。二人ともまだ状況を飲み込めていないのである。
「……とりあえず、体だけ拭く?」
「そうだね」
タオルは部屋に用意してあった。いつもなら山賊男が運んでくる水も瓶で用意してあったので、それでタオルを湿らせて体を拭っていく。
痣の箇所は触れると痛んで辛かったが、マインは我慢して全身を丁寧に拭いていったのだった。
「ちょっと整理してみよっか。まず私たちは手を組んで訓練を流そうとした。そしてレジーナにバレた」
「そうね。それで私たちが洗脳されてないってバレたわ」
「レジーナからしたら私たちをほっとく訳には行かなかったはず。私たちの協力関係が他にも広がったら他の子どもたちの支配も脅かされるから。下手すれば子供たちが結託して反乱なんてことにも繋がりかねない」
「ここの仕組みからして、そうならない様にしてるみたいだしね」
「私たちはレジーナに逆らった。そんな相手に訓練させるのは危険なはず」
「普通なら処分するはずよね。その方が安全。でもそうしなかった」
「なんで私たちを生かしてるの?」
「さあ?」
「……まさか本当に後継者にしたいって思ってるとか?」
「まさかって言いたいけど、状況がね……」
二人は部屋に視線を向けた。どう見ても好待遇。しかも二人部屋。こうして話せている時点で、二人が以前よりも結託しやすくなったのは明らかである。まるで反乱なり逃げるなりの算段を付けてくださいと言わんばかりであった。
「ひょっとしてわざと私たちを一緒にして、決定的な離反を起こした所で殺すつもり?」
「いやいや、そんなの待つ必要ないでしょ。ここは非合法な組織なんだから、証拠が無くても怪しきは殺せばいいじゃん。私たちを泳がせる理由はないはず」
「訓練が私たち二人だけ別って言うのは、監視しやすいように?」
「というより、他の子どもたちと会わせたくないんじゃない?」
「ああ、ひょっとしたら私たちは死んだって言うつもりかもね。逆らったら死ぬって教え込むために」
「私たちをリンチさせたのも、制裁があるって他の子に見せたかったのかもね」
「って事は、やっぱり反乱とかはされたくないんだね。でも殺したくもない?」
「私たちを生かしておきたい理由があるって事?」
「かもしれないけど……わかんないや」
テオはベッドに背中から倒れ込んだ。床とは違う柔らかいクッションが体を包み込む。そのやさしさの暴力にテオはしばらく悶えていた。
その様子を見たマインも、もう片方のベッドに座ってみた。柔らかい。我慢できずそのまま全身でダイブした。衝撃で全身の傷が痛む。少し後悔。
「……考えても分かんないし、しばらくはおとなしくして様子を見る?」
「……殺すつもりならとっくにしてるだろうし、すぐには殺されないはずよね。じゃあそれでいいと思う」
「オッケー。じゃあ私はもう寝る。安眠が私を待ってる」
そう言いながら毛布にくるまるテオ。マインも襲い掛かってきた眠気に誘われ目を閉じた。
「ねえ、マイン」
「……なに?」
「これからよろしく」
「……うん。よろしくね。テオ」
ベッドの眠り心地は最高の一言だった。二人はその日、たたら場に来て初めてぐっすり眠れたのだった。
「言われた通りにしたわよ。でも本当にあの二人生かしておいてよかったの?」
レジーナはジーファンにそう聞いた。ジーファンは魔剣を研ぐ作業を止めると額の汗をぬぐう。そしてレジーナに笑みを見せた。どす黒い闇のようなその表情は、レジーナに嫌悪感とわずかな恐怖を沸き上がらせる。
「ありがとうございます。別にかまいませんよ。逆らっても無駄なのはもう分かったでしょうし」
「あの子たち、後継者の話多分信じてないわよ?」
「信じるしかないんですよ、彼女たちは。そして逃げるならここを卒業した後しかない。だから大人しく訓練に励むでしょうね。こちらとしては収穫の日まで従順でいてくれれば十分です」
マイン達に施す訓練は、実際に後継者を育成するならという内容にする予定だ。そして待遇も。マイン達はどんなに疑っていてもレジーナの話を否定しきれないだろう。レジーナに逆らえない以上、様子見に徹するしかない。
ジーファンからすれば、収穫の時まで逆らわなければそれで十分だった。だからたたら場を出るまで耐えれば希望があると思わせているのである。
「酷い人よね、あなた。後継者はおろか、ここが暗殺者を育ててるって話からして嘘なんだもの」
「合理的と言って下さい。物を作るのに手を抜く職人は居ないでしょう? 特に私たちが育ててるのは人なんですから、それだけ手間暇もかかります。出来るだけ効率よく、無駄なく収穫したいじゃないですか。たった二人ですら私たちにとっては貴重な材料です」
罪悪感をこれっぽちも感じさせない物言いであった。ただ魔剣を作る事しか考えていない。子供たちを人間と言っておきながら、物と同じにしか見ていなかった。そしてそれはレジーナに対しても同様なのだろう。
もしジーファンがレジーナを狙っても、レジーナは返り討ちに出来る自信があった。だが今の所その気配はない。レジーナには子供たちに訓練をさせるという役割があるからだろう。給金も悪くない額を貰っているため、レジーナはジーファンが裏切らない限りは一緒に働くつもりだった。
「ああ、はやくあの子たちからも魔剣を創りたいですねえ」
ジーファンはそう言うと、再び魔剣を研ぎ始めたのだった。
半年後。
マインとテオは、剣技を修得した。




