第5話 謎の少女
この世界において酒とは酔っぱらうためのアルコール度数の強い飲料を意味します。
生水を飲むのは危険なので、人々は普段は度数の低いものを常飲しています。これは飲酒とは見なされません。
「俺を弟子にしてくれ!」
ザンはそう言って頭を下げた。今日で十二人目である。頭を下げられた剣士はしかし、首を横に振った。
「くっそー、また駄目だった」
剣士連盟の休憩所でザンは天を仰いだ。強そうな剣士を見かけては弟子入りを乞い、そして断られ続けたザンは、もう手当たり次第に弟子入りを頼んで回るようになっていた。そしてもう三日が経つが成果はゼロだった。どうしたものかとザンが悩んでいると、シラフが声をかけてきた。
「少年~、噂になってるぜ? 手当たり次第に弟子入りを願い回ってる子供がいるってよ」
「なんだ、シラフか。今日も朝から飲んでんのか?」
「たりめーだ。ひっく。これが俺の生活スタイルなんだからよ~」
「毎日朝から晩まで飲んでて、いったいいつ働いてるんだよ?」
「働いてねえ。貯金があるからな」
シラフは赤らんだ顔でケタケタと笑った。そして酒をあおる。酒の匂いにザンは、先日の酷い二日酔いの事を思い出し鼻をつまんだ。
「少年が酒飲めるんだったらな、俺の弟子にしてやってもよかったんだが。なにしろ一口で酔いつぶれるんだもんな~」
ザンはむっとした。シラフに勧められて始めて飲んだはいいものの、あそこまで自分に合わないとは思ってなかったのだ。酒が飲めない人間はよく子ども扱いされる。それがザンには嫌だった。
「なあシラフ、誰に頼んでも俺を弟子にしてくれないんだけど、どうしたら弟子になれるんだ?」
「はっはっは、んなもん簡単だ。断られてもあきらめなければ三回目に頼みに行ったときに弟子入りを許可される。これ剣士の世界の暗黙の了解な」
「そうなのか! じゃあもう一回頼んでくる!」
そういってザンが席を立とうとすると、シラフが待ったをかけた。
「もう遅いぜ。お前を弟子に取ってくれる奴はいないだろうさ」
「なんでだ?」
「だってお前、一回断られたらすぐに別のやつに頼みに行っただろ? それも手当たり次第に。そんなんじゃ、師匠なんか誰でもいいって言ってるようなもんだ。お前はそんな奴を弟子に取ろうと思うか?」
「俺は思わないな」
「皆思わねーんだよ! ……まああれだ。もっと早くそのことを聞かなかったお前の責任だな」
ザンの顔と名前はもう剣士の間にそこそこ広まっている。ザンの三日間の努力は、ザンへの悪印象のみを残す結果となっていたのだった。
「あ、俺そろそろ仕事にいかねーと」
ザンが時間を思い出し立ち上がった。弟子入りの件はまた後で考える事にする。
「お、今日も日雇い労働か? 若いって元気だね~」
「シラフはもうちょっと働け!」
ザンはそう言い捨てると剣士連盟を後にしたのだった。
剣士連盟で受けられる仕事は護衛や衛士、軍役といった戦闘に携わる仕事ばかりである。もちろん、仕事を受けられるのは剣士のみだ。一方、剣士以外でもできるような肉体労働やその他雑用の仕事は毎朝広場で募集がかけられる。定職をもたない者はこの日雇い労働でその日一日をしのげるだけの金を得ることが出来る。
その日ザンが受けた仕事は、どぶ攫いだった。水路の底に溜まった汚物をくみ取り街の外に埋めに行く。汚く苦しいが、病気にさえ気を付ければ安全な仕事だった。病気に気をつけられれば。しかも住民が毎日のように汚物を捨てるため収入も安定している。
鼻が捻じ曲がるような悪臭に嗅覚が麻痺した頃には日が暮れていた。ザンは街の外の川で水浴びをすると広場に戻り給金を貰った。
その時、広場近くの路地で爆発が起こった。煙が上がり、人々がざわつく。ザンは何事かと爆発のあったほうへと駆けた。同じように集まった野次馬たちの間を縫って出ると、そこには剣士と、剣士に剣を向けられている少女が見えた。
「おい! 何やってんだ!」
ザンが剣を抜いて前に出た。剣士は二十歳くらいの男だった。手に持っている剣の他にもう一振り、目立つ剣を下げている。一方少女は素手だ。ザンと同い年か少し上くらいだろうか。整った顔をしており色の抜けた長い赤毛が特徴的だった。
「おいそこの剣士! 武器も持ってない女の子に剣を向けるとはどういうことだ! 事と次第によっては許さねえぞ! 俺が相手だ!」
ザンが剣士に剣を向ける。剣士はその闖入者に目を丸めた。その瞬間、剣士は少女に殴り飛ばされていた。
「はぁ!?」
華奢な少女が大の男を殴り飛ばすという予想外の光景にザンはあんぐりとした。吹っ飛んだ剣士は建物に激突し、その壁に穴をあけて気絶した。
「ありがと。気を逸らしてくれたから隙をつけたわ」
少女はザンにそう言うと剣士に近づいた。そして剣士の腰に下げられていた目立つ剣を奪うと走って去っていったのだった。
「……何だったんだ今の? 追剥? 剣士相手に?」
残されたザンは状況が飲み込めず、ただ立ち尽くしていた。
「なあ少年。剣士になれる方法があるんだが、聞きたいか~?」
夜。剣士連盟の休憩スペースで食事をしていたザンにシラフが話しかけてきた。
「え!? マジ? 教えてくれ!」
弟子入りすらできない状況に頭を悩ませていたザンは即座に飛びついた。シラフがニヤリとわらう。
「おっと、ただじゃねぇぞ~。そういう時は酒を奢るのが礼儀なんだぜ?」
「う……、でもこれ以上注文したら明日の朝飯代が……」
ザンの中に葛藤が生まれた。日雇い労働で得られる金は少ない。宿泊代と朝晩の食事代を払えばもう残らない金額だ。食事と情報、どちらをとるか。
「しゃあねえ! おねーさーん! このおっさんにジョッキ一つ!」
「じゃあ契約成立だな。少年は大会については知ってるか?」
「大会?」
「知らねえか~。実は来週な、剣士が腕を競う大会が開催されるんだ。総勢三十二人のトーナメントでな、もちろん剣は本物を使う。半年に一回のイベントだから観客も押し寄せる、まさに一大イベントってやつだ」
「それはすげえ興味あるな。でもそれが何の関係があるんだ?」
「よく聞けよ? 大会の優勝者には多額の賞金とな、剣聖の資格が与えられるんだ」
「剣聖?」
「剣神になるとか言ってるのにそれも知らねえのか。世間じゃ俺たちを全部ひっくるめて剣士って呼ぶが、厳密には間違いだ。士聖王帝頂天神、剣士の格ってやつだな。剣士が一番下、そして一番上が剣神だ」
給仕の人がザンの頼んだ酒を持ってきた。シラフはそれを一気飲みする。酒が飲めないザンでも酒が美味しそうに見える飲みっぷりだった。
「つまりだ、少年が大会で優勝すれば、剣士をすっ飛ばして剣聖になれるんだ。ちなみに大会を二連覇したら剣王な。もちろん剣士連盟の仕事も受けられるようになる」
「おお!」
ザンが目を輝かせる。現状の問題を解決するまたとないチャンスだ。シラフはそんなザンを見て姿勢を正すと、真面目な顔で口を開いた。
「だが一つ問題があってな」
「なんだ?」
「剣士じゃないと大会に申し込めないんだ」
「駄目じゃねーか!」
ザンのツッコミは建物中に響いたのだった。
次回、第6話:出場剣争奪戦