第48話 たたら場の生活
マインがたたら場に来て三ヶ月が経った。訓練にも体が慣れて来、マインはたたら場の仕組みをある程度理解し始めていた。
まずここでは絶対の存在としてレジーナが君臨している。その下に部下の、山賊のような風貌の男。そして食事を運んでくる青年がいた。大人はこの三人しか見かけることはなかった。
残りは子供たち。十四人で合同で訓練をしている。訓練は一日に数時間、分けて行われる。皆洗脳されており誰も大人に逆らわない。逆らえば恐ろしい目にあうと刷り込まれているからだ。だからどんな過酷な訓練でも黙ってこなしていた。それ以外の長い時間はずっと自室に閉じ込められる。
マインは自分以外の子供たちの事を顔しか知らなかった。同じ境遇の子供同士集まれば仲間意識が生まれるのが自然だろう。だがそうさせない仕組みがあった。
例えば逆トーナメントと呼ばれる訓練。二人で戦い、負けた方が次の試合に進む。最後まで勝てなかった一人はレジーナにさらに殴られる上食事抜きだ。自分が助かるには相手を蹴落とさなければならない。だから皆敗退ならぬ勝退を求めて必死で戦う。結果、自分以外の子供は全て敵となる。
そして個室。訓練以外の時間のほとんどは自室に閉じ込められる。さらに訓練では私語は許されていない。子供たちは互いの顔しか知ることはなく、会話する機会も一切ない。
たたら場は、子供が孤立するように設計されていた。
マインはずっと機会を伺っていたが、逃げ出すチャンスはなかった。自室は金属製の扉で閉ざされており外からは鍵がかけられる上、部屋から出るときは必ず監視がついていた。それにたとえ逃げ出せたとしても周囲は森。生きて安全な場所までたどり着けるかはわからなかった。
当然、このような環境ではストレスが溜まり、精神が未熟な子供には耐えがたいだろう。自然と、唯一の娯楽である食事が精神的支柱となる。実際、食事係の青年が運んでくる物はどれもマインには絶品に感じられた。
さらに青年はたたら場で唯一会話ができる相手だった。食事を受け取る時の、ほんの一言二言が楽しみになるほどだった。
マインは十歳。他の子どもたちほど幼くしてたたら場に入ったわけではなかった。宿屋の仕事を手伝える程度には肉体的にも精神的にも成長している。それゆえマインはレジーナの洗脳に気づいており、また食事係の青年がいわゆるアメであることを察していた。それでもなお、他にすがれる相手がいないため懐いていた。
青年は、名前をジーファンといった。
「さ、どうぞ。今日は鹿肉のシチューです。温かいうちに食べてください」
「ありがとう、ジーファンさん」
器には湯気を立てるシチュー。そしてパン。パンは硬いがシチューで柔らかくして食べればさぞおいしい事だろう。マインの口角が自然と上がる。
「ジーファンさんはどうしてこんな所で料理人をしてるの?」
マインはふと気になって尋ねた。
「僕ですか? 僕は別に料理人という訳ではないですが、そうですねえ……。まあ、一言で言えば料理は趣味ですね。どうにも僕は凝り性のようで、自分で作る物には手を抜きたくないんですよ」
犯罪組織は似合わないという意味で聞いたのだが、うまく伝わらなかったらしい。ズレた答えが返ってきた。ジーファンは、そうだ、と前置きしてマインにこう言った。
「レジーナさんからの伝言なんですけど、マインさんは明日から別のグループで訓練するそうですよ」
「別のグループ?」
「ええ、今マインさんが居るグループは幼かったり新入りだったりが集められた、一番下のレベルのグループです。マインさんもここに慣れてきたようですので、同じ年くらいのグループに移すと言っていました」
「他にも子供がいたなんて知らなかった……」
「訓練の厳しさも上がりますが、辛かったら相談くらいは聞きますよ。いつでも言って下さい」
ジーファンはそう言うと次の部屋に食事を運びに行った。マインは静かになった部屋で一人、ふやけたパンを食む。
ようやくここの生活に慣れて来た所での、グループの移動。今までのグループは年下がほとんどだったため体格的に勝るマインは対人戦で優位に立っていた。だがその優位は無くなるだろう。
慣れにより麻痺していた不安が蘇ってきて、マインは食事が喉を通らなくなった。うまく飲み込めない。マインはひたすら咀嚼を続け、少しずつ喉に流し込んでいった。
パンを食べ終わる頃にはシチューは冷めてしまっていた。
次の日。マインはいつもの時間になっても訓練に呼ばれない事に不安を募らせていた。だが部屋は外から鍵がかけられているため待つしかできない。
何もない時間は、嫌な想像を無際限に育てる。負の感情ばかりがマインに蓄積していった。
そしてマインが壁を背に座り込んで数時間、やっと山賊男が来て訓練に呼ばれた。その事に安堵するマイン。
訓練場に行くと、見知らぬ子供たちとレジーナが居た。マインが最後らしい。
そうか、グループごとに訓練時間をずらしていたのか。そう気付くマイン。訓練以外の長い待機時間はそのためにあったのだと納得する。
子供たちはマインと同年代か少し上に見えた。
年上。
マインはその事にげんなりした。自分より上の相手と訓練しなければならないのだ。殴られたら痛いだろう。
訓練が始まった。このグループは剣技の習得を目指しているらしい。レジーナの鋼化を見せられたマインは、これを真似しろと言われた。
どう真似しろと。
そう思わずにはいられないマインだったが、他の子どもたちは指示に従い何の疑問も持たずに交互に殴り始めた。しかも避けずに胴体で受ける。どうやら筋肉で体を硬くする訓練らしい。
マインから見れば頭がおかしいと言わざるを得ない光景であったが、従わなければ食事抜きだ。近くにいた少女とペアを作り訓練に参加したのであった。
違和感に気付いたのは、すぐの事だった。相手に殴られてもほとんど痛くないのである。マインの体が頑丈になったわけではない。そんな簡単には剣技は習得できない。
ではなぜか。マインは疑問の答えを探し相手を見る。少女と目が合った。
少女は透き通った青い髪を腰まで延ばしていた。顔には訓練で着いたと思しき痣があるものの、それ以外は整った顔をしている。美少女に分類される顔立ちであろう。
少女が僅かに微笑む。アイコンタクトだ。
マインにある疑念が浮かぶ。
この少女は、互いに手を抜こうと提案しているのではないか。
確認のために、攻撃を寸止めしてみた。痛がるふりをする少女。疑念は確信に変わった。
マインの中に喜びの感情が浮かぶ。敵対するしかないと思っていた子供たちの中に、仲間になりうる存在がいた。レジーナが用意したであろうジーファンとかいう餌とは違う、同じ境遇の相手。
敵しかいないと思っていたら仲間が居たのだ。嬉しくないわけがない。
二人はその訓練で、バレないよう注意しながら、互いに手を抜き合ったのであった。




