第44話 覚醒
「全力気合ほ――」
「縮地!」
レジーナがザンの横を通り過ぎた。今までの高速移動よりもさらに速い移動。
ザンが血を流し倒れる。霞む意識の中で、シリュウはその様子を感じ取っていた。
「残念だったわね。私は体術も得意なの」
そう言ってザンを見下ろすレジーナ。
近くにはもう戦える剣士が居ない。他の生き残りはキャンプ地を包囲しているか、他の場所で残党を相手にしている。事実上のレジーナの勝利であった。
シリュウは最後の力を振り絞り立ち上がろうとした。だが指先一つ動かせない。血を流しすぎていた。
あの時――
「剣技! 斬鉄剣!」
幻の右腕を得たシリュウは確かにレジーナに剣技を放った。金属をまるで豆腐のようにたやすく断ち斬る斬鉄剣はしかし、レジーナの左腕に僅かに食い込んだ所で止まってしまった。そして返り討ちにされてしまったのである。
シリュウは歯を食いしばろうとして、それすら出来ずにただ倒れていた。悔しさと無念さがとめどなく溢れて来る。師匠の仇を討つことすら叶わず、止めを刺されるのをただ待つ事しかできない。
ザンが溜めていた剣気が霧散していく。本来普通の人間には感じれないはずの剣気であるが、ザンの剣気は密度が高過ぎるためシリュウにも感じることが出来ていた。だが今はまとまりを失い空中に溶けていく。
その様子は討伐隊の崩壊を象徴しているかのようにシリュウには感じられた。
溶けるにつれ剣気は存在感を失っていく。その様子を追ったシリュウはふと、同じ存在が自分の中にも流れている事に気付いた。それは灯のように揺れる不確かなものであったが、間違いなく感じられた。
シリュウの中だけではなかった。地面にも、空中にも、そして他人の中にもそれは流れていた。それが剣気であるとシリュウは悟る。
シリュウの知覚が、強烈な刺激となって広がった。周囲が見える。倒れ伏すシリュウは目を閉じているにもかかわらず、観える。劇的に、そして鮮明に。
「ようやく至ったか。信じておったぞ。わしの一番弟子よ」
カミカゼの声が聞こえた。ような気がした。
「既に仕込みは済んでおる。後はいつも通り、死力を尽くすだけじゃ。さすれば剣気が動き出す」
「師匠――!」
シリュウが目を見開いた。そしてシリュウの中の剣気が爆発的に増加する。剣気の発動である。
殺気のコントロールをシリュウは既に身に着けている。シリュウは殺気でそうするように、剣気で身体を強化した。殺気による強化とは比にならないほど肉体が強靭になる。同時に傷口に剣気を集め、最低限の治癒を施す事に成功した。
立ち上がったシリュウを見て、レジーナは目が点になっていた。
「あなた……信じられない。まさかこの土壇場で剣帝に至ったというの!?」
「……」
シリュウは右手を見た。斬り落とされた右手の代わりに、手をかたどった剣気が肩から生えていた。その手を思い通りに動かせることを確認し、シリュウは刀を拾う。
右手で刀を持てた。そのまま鞘にしまう。
ドウッ!
レジーナの剣気が今まで以上に膨れ上がった。体内を駆け巡った剣気の一部が漏れ出てオーラを形作る。足を重点的に強化し、一気に間合いを詰めて来た。
通常なら目が追い付かない超スピード。しかしシリュウはレジーナの動きを捉えていた。左手で鯉口を切り、右手を柄に沿える。そしてレジーナが間合いに侵入するのを静かに待ち構えていた。
「死んで!」
レジーナが間合いに入った。シリュウは居合斬りを放つ。
居合は脱力が深いほど速くなる。その点において、シリュウの幻の右腕は理想の極致だった。だが話はそれだけに留まらない。
シリュウは右腕を失ったのではない。得たのである。質量ゼロの右腕を
質量ゼロ。すなわち光速。一閃よりもなお速いその居合は――
「剣技。零閃!」
シリュウの刀は光と並走し、そしてレジーナを、鋼化の防御ごと斬り裂いたのだった。
「きゃ!?」
体を横一文字に斬られたレジーナから血が噴き出る。斬鉄剣を併用した事で鋼化を貫通したのだ。
「――っ! 許せない! 一度ならず二度までも私に傷を付けるなんて!」
「む、浅かったか!?」
両断出来なかった事に気付いたシリュウ。振りぬいた刀を急いで戻し、再度零閃を放とうとした。
「させないわ!」
シリュウが刀を納める前にレジーナが踏み込み、蹴りを放った。それを防御するシリュウ。
だがその威力に耐え切れずよろめいた。剣気のおかげで立ち上がれたとはいえ、負傷しているため万全の調子とはいかなかった。
「もう居合は撃たせない!」
レジーナが連撃を放つ。刀で防御する限りシリュウは居合の構えに移れなかった。距離を取ろうと下がっても、粘着気味に間合いを詰められる。
「おのれ! 往生際の悪い!」
「こっちの台詞よ!」
レジーナは傷口を鋼化することで止血を施していた。さらに鋼化を剣気の過剰供給により暴走させる。それによりレジーナの両腕は肘から先が、剣そのものに変形していた。
レジーナの猛攻にシリュウが押される。血が足りず体はふらついていた。
「垂発勁!」
レジーナの剣から衝撃波が出た。斬り付けながら、斬る方向に対して垂直に打撃を放つ妙技である。思わぬ方向へ刀を弾かれたシリュウがたたらを踏む。
それは全力のレジーナのとっては十分すぎる隙であった。
「剣帝とは戦わないでって言ったのに」
暗闇の中で、アルトはザンにそう声をかけた。だが倒れたザンからは返事が無かった。夢の中でまで意識を失うほどにザンの受けたダメージは大きかった。
アルトはため息をついた。なんとなくそうなるだろうとは思っていたのだ。それが的中してしまった今、アルトに出来る事は一つだった。
「シリュウさんはレジーナを仕留めきれなかったみたいだよ。このままじゃあの人も負ける」
負けるという言葉に反応したのだろうか、ザンの指が僅かに動いた。アルトは言葉を続ける。
「このままじゃ本当にみんな殺されてしまうよ。ザン。君が仲間を守るんだ。もう後悔しないように」
「アル、ト……」
朧気ながら、ザンの意識が戻った。夢が晴れていく。
「僕の剣技を貸してあげる。だから、頑張って」
「あ、あああああああ゛!」
気合と共にザンが起き上がった。そしてシリュウに止めを刺そうという所であったレジーナへ剣技を放つ。
「ちょっとだけ全力気合砲!」
「くっ!」
放たれた剣気の砲弾がレジーナを吹っ飛ばした。ザンはシリュウに駆け寄る。
「シリュウ! 大丈夫か!?」
「ああ、助かった!」
ザンの横槍はシリュウにとって僥倖であった。レジーナと距離を取れたことでついに居合の構えを取る事が出来る。
シリュウが刀を鞘に納める一方、ザンは剣の側面を鏡にして自分の顔を写していた。鏡の向こうの自分と目が合う。
「死に損ない共め!」
感情を爆発させ剣気をまき散らすレジーナ。ザンはそんな彼女へと視線を移した。ザンは、レジーナの中で荒ぶる剣気をはっきりと捉えていた。
剣を鏡にし自分を見つめる事で心眼を発動させる、それがアルトの剣技。ザンもまた、世界に満ちる剣気の存在を認識するに至っていた。
「剣技、マインドアイ!」
剣気の感知と発動。それを兼ね備えたザンは、剣帝の領域に足を踏み入れたのだった。




