第42話 剣気のコントロール
「シリュウから離れろ!」
レジーナに向かってザンが突進した。そして首めがけて剣を振るう。レジーナはそれを腕で防ごうとした。
「あら?」
レジーナは驚きながら後ろに跳んだ。防御から回避に転じたのである。それはザンの狙いが防御した首から肘に移ったからであった。ザンが初手からそのような攻撃をした事にレジーナは怪訝そうな顔になる。
「マオ! 今のうちにシリュウを!」
飛び退いたレジーナとシリュウの間に立つザン。マオはすぐさま倒れているシリュウの容態を確認した。
「……まだかろうじて息はあるにゃ!」
シリュウは袈裟斬りに斬られていた。幸い傷は内臓までは達していない。しかしすぐに止血しなければ危険な状態だった。
「包囲班に治療係がいるにゃ! シリュウをそこまで運ぶにゃ!」
「そうはさせないわ」
レジーナがマオを狙う。それをザンが阻止した。レジーナは舌打ちをしザンを蹴り斬る。
「のわっ!?」
とっさに剣で防御したザンだったが、その威力を止められず蹴り飛ばされた。その隙にレジーナはマオに迫った。
レジーナとマオが刃を交える。どちらも間合いが狭いため超近接戦が繰り広げられた。互いに特異な間合いでありながら、マオが次第に押され始める。
原因は守るものの有無だった。マオは回避に特化した剣士である。そのためシリュウを庇いながらの戦いには向いていなかった。マオが避ければシリュウに当たるような攻撃をレジーナが選んで行ったからである。
「全力気合スイング!」
復帰したザンが背後から剣を振りぬいた。それを跳んで躱すレジーナ。それを見て、そう言えばザンは剣気を発動できるのだったにゃと思うマオ。
「あなたその剣気……!? まさか剣帝かしら?」
ザンの剣気に驚きつつも問いかけるレジーナ。ザンは毅然とした態度で答える。
「敵に教えるわけねえだろ!」
「あらそう。そっちの猫ちゃんは知ってるわ。たしか剣王だったわね」
ランクを言い当てられマオが眉を寄せていた。とはいえ剣王はイージンでも限られている。調べればわかる事ではあるためそこまで驚かなかった。
問題は、二対一で、しかも剣帝かもしれない相手を前にしてレジーナが余裕を崩さない事である。
「なんで俺を剣帝だと思ったんだ?」
「敵に教えると思うかしら?」
「剣気を発動できることが剣帝の条件の一つだからにゃ」
レジーナに代わり答えつつ、マオはレジーナの実力を推し量っていた。レジーナに意識を集中させ気配を読む。しかしはっきりとわからなかった。レジーナが気配を隠していたからである。
マオは心の中で、まさかと思った。
「剣帝相手なら、私も出し惜しみはできないわね」
突如レジーナの気配が爆発的に強くなった。マオが面食らう。レジーナの中で剣気が増加し渦巻いていた。マオの疑念は最悪の形で答えが分かったことになる。
「ザン! こいつ剣帝クラスにゃ!」
「マジかよ!?」
「これを見せた以上、ここに居る人間は誰一人として生きて返さないわよ。知られていない事が暗殺者のステータスだもの。まあ、あなた達が私の名前をなぜか知っていた時点で殺さない理由はないけどね」
レジーナの姿が掻き消えた。ザンが目を見開く。慌てて周囲を見回すザンのすぐ横で金属音が鳴り響いた。
「マオ!?」
レジーナの手刀をマオが防御していた。ザンに向けられた攻撃から庇ってである。
マオは歯を食いしばった。マオの筋力はそこまでではない。一方のレジーナはマオと大差ない体躯でありながらマオの力を凌駕していた。
「このっ!」
あわてて加勢するザン。だがザンの攻撃はレジーナに避けられてしまった。レジーナが速すぎるのである。
ザンの背後から手刀を放つレジーナと、それを防ぐマオ。ザンは一泊遅れて振り返った。
「邪魔よ!」
「んにゃ!?」
レジーナがマオを蹴り上げた。その斬り上げをマオは爪で防ぐが反動で空高く蹴り飛ばされる。
「そらっ!」
レジーナが空中のマオに向けて斬撃を飛ばした。身をよじり回避するマオ。その隙にザンが剣技を放つ。
「全力気合スイング!」
突進しながらの渾身の一振り。レジーナも手刀でそれを迎え撃った。
ぶつかる剣と手刀。鈍い金属音。両者の剣気が発光し閃光をまき散らした。衝撃で周囲の地面が塵と化し、空気が割れる。
「――っ!」
力負けしてザンが吹っ飛ばされた。その事実にザンは驚愕する。初めて剣技の威力で凌駕された。それはつまり、パワー・スピード・防御力全てにおいて、レジーナが上だという事実を示していた。
レジーナが消えた。ザンの目で捉えられない速度で移動したのだ。そして同時に気配を隠すというそつの無さ。
勘だけを頼りにザンは回避行動をとる。先駆けをも使いその場を離れた。だが回り込まれてしまう。
レジーナの手刀をギリギリ剣で受けたザン。斜めに逸らすことで威力を逃がしカウンターを放つ。だが防御された。そのまま斬り結ぶ。
逸らす。避ける。フェイントを入れる。反撃する。最小限の動きで。最大限の効率で。ザンの集中力が加速する。格上を相手に綱渡りで抵抗する。そして、追い込まれていく。
手刀を逸らすのに失敗し、ザンはもろに剣で受け止めてしまった。そして吹っ飛ばされた。
「ザーン!」
マオがようやく落ちて来た。落下の勢いを乗せて爪を振り下ろす。それを受け止めたレジーナが膝まで地面に埋もれた。
「テイルスラッシュ!」
爪を受け止めたままのレジーナにマオが尻尾を振るう。レジーナは爪を弾き上半身を逸らしてそれを避けた。そして埋もれた足で地面ごとマオを蹴り飛ばす。
「ん゛にゃ!」
マオは自ら後ろに跳んで衝撃を和らげた。そこにザンが復帰して来る。
「大丈夫か?」
「んにゃ! でもこのままじゃ勝ち目がないにゃ!」
レジーナの高速移動についていけるのはマオだけ。そのマオもパワーで圧倒される。ザンはマオよりパワーがあるもののレジーナの速度についていけない。
レジーナが足を地面から抜き歩いて来る。マオは小声でザンに尋ねた。
「ザンは相手の剣気は読み取れないにゃ?」
「相手の?」
「そうにゃ。みゃーはレジーナの剣気の動きから次の行動を予測してるからギリギリ反応が追い付くのにゃ」
「……だめだ。全然わからねえ」
レジーナの剣気を読もうとして、何も感じ取れないザン。
「なら剣気による身体強化は出来ないにゃ?」
「そんな事できるのか」
剣帝クラスになると、剣気を体に巡らせ身体能力を大幅に向上させる事が可能となる。レジーナもそれにより今の強さを実現していた。
ザンに出来る事は、剣気を発動し剣に纏わせること。そして剣から放出する事だけである。そしてそれを剣技として修得しているからこそ、そこにはザンの剣士としての歪さが存在した。
剣士は修行により剣聖、剣王とランクを上げていく内、ある事に気付く。自分の中に流れるエネルギーの存在に。そしてそれが剣技の源である事に。
通常なら感じることが出来ない力。そしてそれは、自分だけでなく世界中にも流れている。人にも、物にも、空中にも。
その存在こそが剣気。剣気の感知により剣士はようやく次の段階、剣気の発動に至る事が可能となる。
剣気の発動にもまた長い修行が必要となるが、その頃には剣士は既に殺気のコントロールを修得している。そのため上位互換である剣気もまた同様にコントロールする事ができる。剣技の強化、身体能力の向上、気配の隠蔽など、応用の幅はとてつもなく広い。
しかし、ザンは違う。
剣気を発動する、それがザンの剣技の効果である。本来剣気の発動に必要な段階に至っていないにもかかわらず剣気を発動できる。それも、本来見えないはずの剣気が目視できるほどの強大な剣気をである。その効果はザンを剣王クラスまで押し上げていた。
反面、剣気を発動できればすぐにでも出来るはずの活用法が身についていないため、ザンを剣王クラスに押し止めていた。
それはつまり、ザンが剣気のコントロールを身に付ければ、すぐにでも剣帝クラスの実力を得られることを示している。
「みゃーはまだ剣気を発動できないにゃ。でもザンなら剣気のコントロールさえ身に付ければレジーナに対抗できるにゃ」
「剣気のコントロール……」
「そうにゃ。勝ち目があるとしたらザンだけにゃ。今ここで強くなれにゃ!」




