第41話 因縁の再会
「敵もだいぶ減ってきたな」
ザンは周囲を見回しながらそう言った。突入時はどこを見ても戦いが繰り広げられていたキャンプ地は、今では盗賊の死体の方がよく見つかるほどになっていた。剣士の死体は少ない事から、どうやら討伐隊側が優勢だというのは本当らしい。
「この調子ならみゃーが指示を出す必要もなさそうにゃ」
一緒に居たマオはザンにそう返した。マオは討伐隊に二人居る剣王の一人。もう片方のウォンが死んだ事で、討伐隊の指揮権は今マオに移っているのである。
「そう言えば、ウォンって誰に倒されたんだ? ハッチか?」
「……そういえば不思議だにゃ。ウォンがハッチに負けるとは思えないにゃ。ハッチは飛べるから厄介とはいえ、戦闘力で言えばせいぜい剣聖クラスにゃ」
連盟に所属している剣士が剣聖になる条件は基本的に、どこかの大会で優勝する事である。そして剣王になる条件は大会の二連覇。これは別の大会でも構わない。
運よく優勝して剣聖になる者は比較的いるが、二連覇は運でどうこうなる実績ではない。そのため剣聖と剣王には大きな差があるとされていた。
無論、ランクと実力が異なる剣士もそれなりにはいる。ザンがその例だ。剣王クラスの実力があっても、大会に一度しか出場していないためザンのランクは剣聖止まりである。
一方賞金首のランクは違う方法で定められる。大会に出て来ないのだから当然だ。そのため賞金首のランクはその者の過去の犯行から推定される。その中でも特に剣士との戦闘記録が参考にされていた。
例えば討伐に赴いた剣聖を返り討ちにしたという記録があれば、その賞金首のクラスは剣王といった感じだ。
ハッチの犯行は主に旅商人を狙った盗賊行為だ。そして護衛の剣士が剣聖クラス以上だと分かるとすぐに逃亡する。その為剣聖クラスに分類されていた。剣王であるウォンに勝てるとは考えづらい。
「ひょっとすると、他にも剣王クラスの敵がいるかもしれないのにゃ」
「まじか!」
その時、キャンプ地の中心方向から強烈な気配の爆発が起こった。それを感じマオが足を止める。
「む、強い気配を感じるにゃ!」
「本当か!? 敵か?」
ザンにせかされてマオは気配の正体を探る。そしてその気配が知り合いの物だと気づいた。
「これはシリュウの気配にゃ。剣王レベルの気配だけど間違いないにゃ」
「シリュウってそんなに強かったっけ?」
「右手を失って剣士クラスに落ちてたはずだけどにゃ」
「とにかく行ってみようぜ!」
「こっちにゃ」
二人はシリュウの元に走り出した。テントなどの障害物が多いとはいえキャンプ地はそこまで広くはない。目的地目掛け最短で向かえばすぐに着く。
「シリュウの気配が急に消えたにゃ!」
先導していたマオが耳を動かしながらそう言った。
「どういうことだ!?」
「分からないにゃ!」
二人は気配があった場所へ急ぐ。そして最後のテントの角を曲がった二人の目に、シリュウと妙齢の女の姿が映った。
「シリュウ!」
ザンが声をあげる。マオは息を呑んだ。
「あら、増援かしら?」
女がザン達を見てそう言った。その手は鋼鉄と化しており、そして血に濡れていた。
「にゃ!? その剣技……」
マオが言葉に詰まった。女の剣技がマインと同じ鋼化と気付いたのである。
ザンはマインの他に鋼化を使う人物に心当たりがあった。そして同時に怒りをあらわにして女に怒鳴る。
「お前! レジーナだな! シリュウから離れろ!」
「……私いつの間に有名人になったのよ」
レジーナが困惑顔になった。レジーナを睨み付けていたザンはその足元に視線を移す。
そこでは、大量の血を流しシリュウが倒れていた。
乱戦が収まりつつあるキャンプ地。
キャンプ地から逃げ出す盗賊は包囲班に見つかり討ち取られ、包囲されている事に気付いた者は助けを求めて逃げまどった。そうして生き残っている盗賊たちが自然と集まった事で突入班も集まり、戦いは数か所に集中していた。
そんな中、物陰から物陰へ、人のいない狭い場所を選び移動する人影があった。テントが乱立し視界が狭い場所をこそこそと逃げ回り、討伐隊に見つからないように息をひそめる人物。ローブを着た三十代ほどの男である。
「まさか僕がいる間に討伐隊が乗り込んでくるとは、面倒なことになりましたねえ。何とか騒ぎが収まるまで見つからずにいたいものです」
そうつぶやく男の名は、ジーファン。他ならぬ魔剣の制作者である。彼は盗賊が集めた財貨を回収するためにキャンプ地を訪れていた。
鍛冶場を運営するには何かと金がいる。しかし作った魔剣の大半は売らずに上の組織に流さなければならない。そのため収入は無く、組織配下の盗賊団から資金を融通してもらっていた。魔剣の対価と言われればディンスは首を横には振らなかった。
それでも金が足りない時はクズ魔剣を売り払っていたのだが、それはまた別の話である。
「盗賊団はこれで壊滅でしょうね」
ジーファンは周囲の気配に意識を向けた。盗賊団の中では一番馴染みがあった気配が消えている事に気付き、ジーファンはため息をついた。
「ディンスはやられましたか。話がわかる人だったのに、もったいない」
そう言いながら、ジーファンは大して顔色を変えなかった。それよりもむしろ気配の中に剣気を感じたことに顔をしかめる。
「討伐隊の中に剣気を発動させている剣士がいますね。まさか剣帝でしょうか? ……それにしては剣気の操作がなっていませんね」
剣王が剣帝に昇格する条件は二つある。一つは剣王に三回勝つ事。そしてもう一つは剣気を発動できる事である。
剣気とは剣技の源である。大半の剣士が無意識に使っているエネルギーだ。それを体内で意図的に生成し操作する事が出来れば、剣技の威力は格段に跳ね上がる。殺気の完全上位互換と考えて差支えはない。
ジーファンが感じ取った剣気はザンが発動させたものだった。剣気を剣技に変換するのか通常である所を、剣気のまま放出することで使用している。その為ジーファンには剣気の使い方が未熟に感じられた。
「剣王上位クラスといったところでしょうか。賞金首が負けるわけですね」
ジーファンの実力はせいぜい剣聖クラスだった。戦いに参戦したところで戦況をひっくり返せるとは思えない。盗賊団が壊滅するのなら、その前に逃亡するのが最善だと考えられる。しかしジーファンはこのまま隠れ潜むことにする。
「どうやら別動隊がここを包囲しているようですし、討伐隊が全滅するまではこのまま隠れておきましょうか」
ジーファンは盗賊団が壊滅すると予想していた。しかし同時に、それでもなお討伐隊は全滅すると予想していた。
それは、ジーファンと共にキャンプ地を訪れていた彼女の存在があったからだった。
「とはいえ出来れば早くなんとかしてくださいよ、レジーナさん」
ジーファンはそこまでつぶやくと口を閉じた。戦場からはぐれたのだろうか、何者かがジーファンの潜んでいる場所に近づいていた。
その人物は気配を抑えていたのだろう。そのためジーファンが察知した時にはすぐ近くまで迫っていた。そしてテントの角から姿を現しジーファンと目が合う。
「――!!?」
その人物はジーファンを見て目を見開いた。その顔にジーファンは見覚えがあった。
「あなたは……」
「……こんな所で会えるなんて思ってなかったわ」
ジーファンと相対した事で、その人物からは殺気が漏れ出ていた。ジーファンは面倒なことになったとため息をつく。
「久しぶりですね。マインさん。まさか生きていたとは」




