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剣技を放て!  作者: 源平氏
剣の都イージン編
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第40話 哀れな人形


「ば、馬鹿な!?」


 ザンに胴を両断されたスモーク。それに伴い無数にいた分身が煙に戻り消滅した。剣技が解けたのである。斬り飛ばされたスモークの上半身は数秒の間空を舞い、そして地面に落ちた。


 ザンの勝ちである。しかし、ザンは剣を構えたまま警戒していた。ザンの剣はスモークの体を斬り裂いたにもかかわらず、スモークの血に濡れていなかった。


「マジかよ!? お前も分身だったのか!」


 ザンが思わずそう叫ぶ。スモークの傷からは血が流れず、代わりに煙が立ち昇っていた。


 ザンが目の前のスモークを本体だと思っていた理由は二つある。第一に、殺気が一番強かった事。他の分身は一段階殺気が希薄であり、分身の分身はさらに弱かった。それは純粋な戦闘力でも同様である。だからこそ、最も強いのが本体だとザンは見なしていた。


 もう一つの理由は、喋っていたからである。他の分身は無口無表情だった。ある程度自律行動していたとはいえ、感情らしいものは持っていなかった。この二つから、ザンは偽スモークを本物だと思ったのである。


「くそっ! 騙された!」


 ザンは周囲を見渡したが本体らしき姿は見えない。ただの乱戦が繰り広げられるのみだった。



「馬鹿な! この俺が分身だと!? あり得ない! 何かの間違いだ!」


 ザンが警戒する傍ら、偽スモークは分かたれた下半身を見ながら取り乱していた。その様子にザンは眉を寄せる。


「俺が! 俺は! 本物だ! 分身などではない! 俺がスモークのはずだ!」

「……お前、自分が分身だって知らなかったのか?」


 あまりの慌てようについ声をかけるザン。偽スモークはザンに目を向け、ワナワナと身を震わせた。


「貴様! 貴様が何かしたんだろ! この悪夢を解け!」


 そう叫びながら体を崩壊させていく偽スモーク。傷口だけでなく指先からも煙となり霧散し始めた。それを見た偽スモークは悲鳴を上げる。


「俺は上に立つべき人間だ! 俺は誰かに良いように使われる存在などではないんだ! 俺は……!」


 目を剥いた状態で偽スモークが停止した。ザンが怪訝そうに見ていると、唐突に残った全身を痙攣させ始めた。まるで電流を流されたかのようである。そして今度は唐突に痙攣が止み、顔をザンに向けた。


 偽スモークは、ザンを興味深げに見ていた。


「まだ若いな。お前がこの分身体を倒したのか?」

「は? どうしたんだお前? 頭がおかしくなったのか?」


 先ほどとは打って変わって落ち着いた様子にザンは思わずスモークを心配してしまった。


「どうやら知能が足りていないらしい。俺が本体だと察することもできないのか」

「え、お前やっぱり本体だったのか? 煙になってってるけど」

「くく……。俺は今分身を通じてお前に語りかけている」

「……良く分かんねえけど止め刺しとくか。気味わりい」

「まあ待て、ちょっと空気を読――」


 ドガン、と大きな音を立ててスモークの体がかき消された。ザンが剣を振り下ろしたのである。わざわざ全力気合スイングを発動させての念の入れようだ。クレーターが発生し、煙になったスモークの体は砂ぼこりに混じって消えた。


「剣王級賞金首、紫煙のスモークを討ち取ったぞー!」


 ザンが剣を掲げた。その勝ち鬨に乗っかったのだろう。ザンの声を聞いた討伐隊員たちもまた声を上げた。討伐隊側の士気が上がる。



「ザーン! 無事だったのにゃ!」


 そこにマオが駆け寄ってきた。


「あ、マオ! 元気か?」

「バリバリ元気にゃ! みゃーも賞金首を討ち取ったのにゃ!」

「おお、すげえ! 変な格好なのにやるな!」

「変じゃないにゃ! これはこういう戦闘スタイルにゃ!」


「そんな事より今戦況はどんな感じだ? なんかハッチが剣王倒したって聞こえたけど」

「そんな事……ウォンが討ち取られて一時劣勢になったにゃ。逆に賞金首を二人倒して今はこっちが優勢みたいにゃ。多分ハッチを入れて後一人が二人くらい賞金首が居そうだにゃ。それを倒せばこっちの勝ちは揺るがないにゃ」


「なるほど! その賞金首はどっちに居るんだ?」

「分からないにゃ。気配を探ろうにも、敵味方入り乱れて読み取れないにゃ」


 マオはそう言いながら猫耳をピコピコと動かしていた。


「しゃあねえ! とにかく手当たり次第に戦うか!」

「それしかないのにゃ」


 二人は新たな敵を求め戦場を駆けたのだった。







「これ! シリュウ! 右手が力んでおるぞ! 何度言えばわかる!」


 目をつぶれば脳裏に蘇るカミカゼの声。シリュウの師匠は普段はのんびりした老人でありながら、稽古では鬼のように厳しい人物だった。


 シリュウは稽古の度に木刀で打ち据えられ、道場に転がされた。弟子入りを希望する者は誰でも受け入れているにも関わらず、カミカゼの道場にはいつも二人しかいなかった。


「刀は左手で振れ! 右手は添えるだけじゃ! その癖を治さん限り剣王になる事は認めん!」


 板間に這いつくばり息絶え絶えのシリュウに追い打ちをかけるカミカゼ。


「立て! 敵は起き上がるのを待ってくれんぞ! 死にたいのか!」


 それはいつもの事であった。本当に立てなくなるまで追撃をするのがカミカゼの指導。時には骨が折れることもある苛烈な稽古である。シリュウはそれを丸一年、受け続けていた。


「もう終わりか!」

「ま、まだです!」


 起きあげるだけで死力を尽くさなければならないシリュウ。カミカゼの連撃を受けながらも気合で立ち上がった。膝が震えるのを押さえ、決死の思いで剣を構える。得意の居合である。


「居合一閃!」

「敵の間合いの中で剣を納めるなド阿呆がぁ!」


 シリュウは剣頂の殺気を正面から浴びながら、再度倒れ伏した。





「何度言えば分かるのかしら? あなたでは私に勝てないわ。諦めて情報を吐きなさい」


 地面に這いつくばるシリュウを見下ろすレジーナ。戦力差は一目瞭然だった。ズタボロの雑巾のような有様のシリュウはしかし、何度でも立ち上がる。


「この程度で、某が音を上げると思うか!」

「骨を何本も折ったのに、よく立てるわね。しつこい男は嫌いよ」

「某にとってはこれが普通! 貴様を殺すまで止まらんと知れ!」


 シリュウがレジーナに斬りかかった。左手一本で刀を振るう。レジーナはそれをやすやすと弾き、反撃のため右手を振りかぶった。


「ならもういいわ。カミカゼの所に送ってあげる。あの世で感動の再会を果たしなさい!」


 今までレジーナはシリュウから情報を得るために打撃のみで攻撃していた。だがそれはもう諦めたらしい。レジーナが繰り出したのは手刀だった。シリュウの頸動脈をねらう。


「ぬあっ!」


 シリュウの体が急激に落ちた。レジーナの手刀がシリュウの頭上を通過する。シリュウは地面にしゃがんだ勢いで後ろに転がりレジーナの間合いから逃れた。即座に立ちあがり構え直す。


「それだけのダメージを受けておいて、ずいぶんとうまく膝を脱力させたわね。それとも単によろけただけかしら?」

「……師匠との稽古を思い出しただけだ。どうやら某は今まで師匠の教えを理解していなかったらしい」

「身内ネタはあの世でやってくれる?」


 今度こそ止めを刺そうと迫るレジーナ。シリュウは刀を持ち直した。先ほどまでは柄の鍔側を握っていたのを、柄の先端側へ。すなわち、両手で刀を持った時の右手の位置から左手の位置に移したのである。


 シリュウは思い返した。先ほど背負い投げを見て心の中で一本と唱えた時、シリュウは確かに右手を上げた。たとえそれが心の中のイメージであっても、その右手の感覚は確かに存在した。


 右手で刀を振ってしまうという悪い癖。それは長年シリュウの足かせとなっていた。だが今は違う。シリュウは右腕を失った。他ならぬレジーナの手によって。そして、残された左手を右手の代わりにしようとしていた。


 だがそれは間違いだった。シリュウは右手の力みから解放されたことに気付いていなかった。それがシリュウをさらに弱くしていた。剣王の実力を得ていたにもかかわらずだ。



 カミカゼはシリュウにいつも言い聞かせていた。真に左手で刀を振れば、刃はブレなくなる。それにより力の伝わりがスムーズになり、刀は真の軌道を描く。そして斬撃の威力は何倍にも跳ね上がると。


 シリュウは刀を両手(・・)で持ち、大上段に構えた。ないはずの右手の感覚がシリュウにははっきりと感じられた。そしてその右手は、完全に脱力していた。


「師匠……」


 シリュウは心の中でカミカゼに感謝した。レジーナにボロボロにされても立つことが出来たのも、この斬撃に至ることが出来たのも、カミカゼの指導があったからだ。


「死になさい!」


 手刀を放つレジーナ。それを迎え撃つように、シリュウは刀を振り下ろしたのだった。


「剣技! 斬鉄剣!」


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