第34話 二人の距離
翌日、連盟のロビーには大勢の剣士が集まっていた。全員討伐隊のメンバーである。昼を過ぎた現時点で人数は既定の三十名を超えており、その後も刻一刻とメンバーは増えていた。募集をかけて一日でそれだけの剣士が集まるのは、やはりここが剣の都イージンだからだろう。
「てめーら、良く集まってくれた! 俺は剣王のウォン。連盟からの依頼を受け、討伐隊のリーダーを務めることになった!」
えらく通る声でそう言う男に皆が注目する。ザンも同様にウォンを見た。二メートルを超すであろう身長に、よく絞られた肉体。剥き出しの両腕には歴戦を思わせる古傷が無数に刻まれていた。強そうだなとザンは思う。
「これからてめーらは俺の指揮下に入ってもらう! 俺らの目的は発見された盗賊のアジトに強襲をかけこれを殲滅することだ! やる気は十分かてめーら!」
「「おおおー!」」
ウォンのテンションに影響され剣士たちが雄たけびを上げる。ウォンは既にメンバーの心をほぼ掌握していた。連盟がリーダーに選出しただけあり、それなりのカリスマを備えているようである。
「なあマイン、イージンって剣帝とか剣頂も居るよな? そいつらがリーダーやらないのか?」
ザンはギルの顔を思い浮かべながら隣のマインに尋ねた。ギルならそもそも討伐隊を結成する必要なく敵を殲滅できるだろう。そっちのほうが手っ取り早いのではないかとザンは疑問に思ったのだ。
「剣帝から上は国の重要戦力だから、だれもが重要なポストについてるはずよ。少なくとも盗賊程度にわざわざ出てこないと思う。出て来るとしたら剣王級より上の賞金首が居た場合だけど……」
「逆にそういうのが出たら剣帝か剣頂が最優先で討伐するにゃ。だからイージンの賞金首は剣王級までしか生き残ってないのにゃ」
剣王と剣帝には絶対的な差があるとされている。そして剣帝以上の剣士はわずかにしか存在しない。ゆえに剣王級以下の案件は剣王以下の剣士が対処する事になっているのである。今回の討伐隊はそのいい例であった。
「ふーん」
剣帝以上の剣士を一目見たいと思っていたザンは少し未練を残しながら視線をウォンに戻した。ウォンはちょうど作戦の説明に入った所であった。
「今回集まったメンバーは三十八人! これを包囲班と突入班に分ける! 盗賊どもを一人も逃がさないための処置だ! 無論、突入班が最も危険なため、包囲の人数は最低限とする! 具体的には包囲に十五人、残りが突入だ! 何か質問はあるか!?」
ウォンが剣士たちを見回す。すると一人の剣士が声をあげた。
「突入のタイミングは?」
「うむ、明日の夜明けに行う! 敵のアジトは森の中だ。夜襲をかけるには森は暗すぎる。だから夜明け前の空が明るくなり始めた時間帯に森の中を移動し、包囲を完成させ次第突入する! 森の外までは今夜中に移動しそこで翌朝を待つ! 他に何か質問はあるか!」
今度は誰も質問しなかった。ウォンが話のまとめに入る。
「では出発は日暮れちょうどとする! いったん解散し、各自それまで準備に当たるように! 以上だ!」
「ザンは集合までどうするの?」
解散した後、通りを歩きながらマインがザンに聞いた。二人はイージンの商業区に向かっていた。ザンは剣の柄をポンポンと叩きながら答える。
「剣のメンテだな。ってもそこまで時間はないから研ぐだけしてもらうつもりだ。マインは商業区に何の用だ?」
「野営の装備を揃えにね。最低でも毛布か何か防寒具は買いたい所ね」
「持ってなかったのか。今まではどうしてたんだ?」
「野宿しなくて済むように、夜には街に着くよう移動してた」
「ふーん、嫌いなのか? 野宿」
「女子で好きな人はいないと思う」
ふと食欲をそそる香りがマインの鼻孔をくすぐった。近くの屋台で串焼きを焼いているようである。そういえばソルドンでザンと串焼きを一緒に食べたことがあったなとマインは思い出す。足を止めたマインを見てザンが提案した。
「腹減ったし串焼き買っていこうぜ」
「……そうね」
串焼きを買った二人は再び並んで歩き出す。食べている内は話が途切れたままだ。先に食べ終えたマインはザンが食べ終えたのを見て、ふとある事を尋ねた。
「ねえ、ザンは復讐ってどう思う?」
「復讐? なんで?」
「私は昨日、まるでジーファンが悪人だから追っているかのように話したけど、本当は違うの。私がジーファンを追っているのは、ただの復讐心。私はジーファンを殺したい。でも、復讐してなんになるのかって考えると、どうしたら良いのか分かんなくなってきちゃった」
自分の表情がザンに見られないように空を見上げるマイン。そのためマインからもザンの表情は見えなかった。ザンがどんな顔をしているのか気になりつつも、マインはザンの方を向く事ができなかった。
なぜこんな話をしてしまったのだろうとマインは後悔する。マインはジーファンを殺す事だけを目指していた。強い恨みを抱えながらジーファンを追って来たはずだった。世間では復讐はよくないなどという者も居るが、他人の意見などどうでもよかったはずだった。
しかし今、マインはザンにどう思われているのか気になって仕方が無かった。
「良いんじゃね? 復讐したらすっきりすると思うぜ」
マインはとっさにザンを見た。ザンは、先ほどまでと変わらずそこに居た。
「実は俺もさ、盗賊相手にはつい容赦出来なくなるんだよな」
「それは……盗賊は捕まえ次第殺すのが鉄則で……生かしてたらまた被害者が出るかもしれないからでしょ?」
「それもあるんだけどさ、それだけじゃないんだよな。俺も盗賊には嫌な思い出があってさ。まあ簡単に言うと、俺の故郷の集落は盗賊に襲われて壊滅したんだ。その時に、親友も死んじまった」
マインが息をのむ。いつものザンからは想像もつかない話だった。
「つまりだな……うまく説明できないけど、あれだ。自分の思った通りでいいと思うぞ? 憎いなら憎い。簡単だろ?」
あっけらかんというザン。その言葉を反芻していたマインは、やがて表情が和らいだ。
「ザンのおかげで気が楽になったわ。ありがと」
「おう! どういたしましてだな!」
ザンがニカッと笑った。マインもつられて微笑む。並んで歩く二人の距離は、わずかに近くなっていた。




