第32話 魔剣
イージンから隣町へ向かう道を三時間ほど進み、さらにそこから道を外れて森を一時間程進んだあたり。そこに人知れず作られたキャンプ地で、賞金首の男が殺気を振りまいていた。怒りの矛先は手下の盗賊たち。今朝獲物を求め意気揚々と出ていったその手下たちは、戻ってきた時にはわずか数人となっていた。出くわした剣士に負け逃げ帰ってきたのである。
「情けない。二十人もいて、たった三人の剣士に負けるなんてな」
男はネチネチと手下たちに嫌味を言った。黙って首を垂れる手下たちを見て、男は言葉を続ける。
「しかも相手はガキと女だと? お前ら良くそれでおめおめと帰ってこれたな。何のために魔剣を支給してると思ってるんだ? あ?」
男はしゃがみこみ、足元を見ている手下の一人と強引に目を合わせた。男を直視できず手下が視線を逸らす。
「盗賊業舐めてんじゃねーぞ? いまこの拠点には六十人もいるんだ。お前らの代わりなんていくらでもいるんだよ。役に立たないなら野生動物のエサにしちまうぞ?」
「で、でもスモークさんも同じ相手と戦って負けたって言うじゃないですか! なんで俺らだけが怒られないといけないんですか!」
緊張に耐え切れず手下の一人が反論する。他の手下たちが馬鹿やめろと目線で訴えるが、自分の立場を守ろうと躍起になったその手下はそれに気づかず言い訳を続けた。
「今日は運が無かったんですよ! 女二人だけで街の外を歩いてたら、誰だってカモだと思うじゃないですか! その女たちが凄腕の剣士だなんて知らなかったんですよ! しかももう一人剣士が現れて挟み撃ちされるし! 俺たちのせいじゃないですよディンスさん!」
その手下の必死の弁明はしかし、ディンスと呼ばれた賞金首の男により斬って落とされた。
「スモークは捕まった奴らの始末をきちんとしただろうがよ! あいつは自分の役割を果たしてんだよ! お前らと違ってなあ!」
「でも……」
「でもじゃねえ! 上に献上する額は毎月決まってんだ! それを稼げなかったら死あるのみだ! 死ぬ気で略奪してこねえとどっちみち死ぬんだよ! 俺も! お前も!」
ディンスのこめかみに青筋が浮かび上がる。相当苛立っているようだ。ディンスが突然剣を抜く。
「ひっ!?」
その剣で斬られると思ったのだろう。手下たちが思わず目をつぶる。しばらくそのまま硬直していた手下たちだったが、何も起きない事に気付き恐る恐る目を開ける。
「あ~……やっぱイラついた時はこれに限るぜ」
ディンスは自分の剣に舌を這わせていた。その刀身には暗い紫色の液体が滴っている。そのしずくが落ちるとジュワッと音を立てて地面に穴が開いた。そんな剣をなめてディンスは恍惚としていた。
「あー、すっきりした。お前らも舐めるか?」
瞳孔が開いた状態でディンスが剣を手下に向ける。手下たちは全力で首を横に振った。ディンスは残念そうに剣を鞘に戻す。
「次失敗したら殺す。話は終わりだ。行け」
「失礼します!」
逃げる様に離れていく手下たち。それを見計らってディンスに声をかける者が居た。
「寄せ集めの手下に苦労しているようですね。ディンスさん」
「あん? ……なんだあんたか。来てたとは知らなかったよ。ジーファン」
ディンスが殺気を解く。相手はディンスの上司的存在だ。敵意を向けることなどあってはならない。
「やはり普通の人間に魔剣を使わせても大した戦力にはなりませんか」
「そうだな。剣士相手だと分が悪い。使い手が弱すぎる。頭数の多さくらいしか取り柄がないな。魔剣の性能は上げられないのか?」
「彼らに渡した魔剣は鉄を混ぜた量産品ですからね、性能を上げることは技術的にはできます。ですが何分材料が限られているので、下の人たちには今ので我慢していただくしかありませんね。上も今は金が入用なんです。頑張って下さい」
「そうか、残念だ。まあスモーク以外にも賞金付きの幹部は居る。幹部が健在なら問題はないさ」
「あ、そうそう。死んだ手下の魔剣は回収してくださいね。もったいないので」
「分かっている。もう向かわせた」
「二十人近く減ったなら魔剣も多分余りますよね? 回収して余った分は私が持って帰るので、それまで待たせてもらいます」
「……そっちも少ない物資で苦労してそうだな」
「ええ、それはもう。お互い頑張りましょう。それではまた後ほど」
ジーファンが会釈をして去っていく。ディンスはそれを見送った後、剣を抜き再びなめ始めたのだった。
「やっと見つけたにゃ。まさかこんな場所に拠点があったとはにゃ」
「私が使うこの剣技の本来の用途は暗殺。ある犯罪組織で使われている剣技だからよ」
マインの打ち明けた事実にザンとシリュウが目を見開く。次の瞬間、シリュウから殺気が溢れた。マインに刀を向け怒鳴る。
「では貴様は師匠のかたきの仲間か! それでよく自分は関係ないかのように振る舞えたな!」
「待てよシリュウ! まずは話の続きを聞こうぜ!? 剣を下ろせって!」
ザンが慌ててシリュウとマインの間に立つ。だがシリュウは今にもマインに飛び掛かろうという状態だった。マインが口早に話を続ける。
「今はその犯罪組織とは関わりはないわ。私は逃げたから」
「逃げた?」
シリュウが訝しむ。
「その組織は『たたら場』と呼ばれていたわ。そこでは売られたり攫われた子供たちが集められて、そして訓練を受けされられていたの」
「訓練?」
「そう。剣技の習得よ」
「まさか……お前もそこに集められた子供の一人だというのか」
「そうよ」
シリュウが息をのんだ。ザンも良く分からないながらもつられて緊張する。
「子供たちは上でも十四歳くらいまで、下だと八歳の子もいたわ。私は両親が借金を残して死んだ後に捕まって、十歳でそこに入れられたわ」
剣技は使い手の精神に大きく依存すると言われている。未熟な精神ではもし習得できたとしても、コントロールがままならないだろう。故に、剣士への弟子入りは成人を終えた十五歳からが一般的である。十五歳で剣技を習得したザンでも異例の若さであるのに、それよりも若く、否、幼くして剣技を習得させられるなど異常である。
「子供たちはそこで鋼化と衝撃斬化、そしてオリジナル一つを習得するわ」
「三種類もだと!?」
シリュウが驚愕する。ザンもようやく事の深刻さに理解が追い付いてきた。
「暗殺といったな。つまりその子供たちを暗殺者として育成しているという事か」
シリュウが苦い顔でそう確認する。しかしマインは首を横に振った。
「そこで育った子供たちは暗殺には使われないわ。……少なくとも私が居た時はそうだった」
「どういうことだ? その子供たちの一人が某の師匠を殺した犯人という話ではないのか?」
「暗殺を生業にしているのは、レジーナという女一人よ。たたら場では子供たちに剣技を教える役についていたわ」
「では……」
「認めたくはないけど……関係性で言えば私の師匠に当たる女よ。多分そいつが犯人」
「レジーナ……そいつが……」
シリュウは顔を伏せ歯を食いしばった。
「じゃあ、子供たちはどうして剣技を習得させられてるんだ?」
ザンが気になったことを口にした。シリュウも同じ事が気になっていたのだろう。伏せていた視線をマインに向ける。
「たたら場を取り仕切っている男がいるわ。名前はジーファン。子供たちは成人すると、ジーファンに収穫される。私も収穫されそうになって、命からがら逃げだしたの」
「収穫?」
ザンが僅かに首をかしげる。シリュウも同様だった。
「魔剣がイージンの犯罪者に出回っている以上、ジーファンは恐らく今この街かその近くに潜んでいるわ。私はジーファンを見つけて殺すために、魔剣を追っているの」
「ちょっと待て! いったい何の話だ?」
「そうだぜマイン。なんでここで魔剣が出て来るんだよ」
飛躍した話について来れずザンとシリュウが口をはさむ。マインもそれは予想していたのだろう。用意しておいた話の核心を口にする。
「ジーファンは魔剣の制作者でもあるからよ。魔剣はね、人間を材料に作られるの」




