第31話 かたき討ちの剣士
ガキィン!
手合わせに乱入してきた剣士の攻撃をマインが防ぐ。乱入してきた剣士は男だった。左手に刀を持ち、そして右腕は肩のつけ根から存在しなかった。
「な、なんだ!?」
ザンが剣士に剣を向ける。剣士の注意が一瞬ザンに向いた隙をついてマインは剣士を押し飛ばした。そして後ずさった剣士に手刀を向ける。
「誰? 何のつもり?」
マインが低い声で尋ねる。剣士の攻撃は明らかにマインの命を狙っていた。当然の警戒である。剣士はマインに向かって大声を上げた。
「某の名はシリュウ! とうとう見つけたぞ! 師匠の敵め!」
剣士がマインを睨み付ける。マインはそれに対し、戸惑いの表情を浮かべていた。
「マイン、かたきって言ってるけど、誰か殺したのか?」
「いや、犯罪者以外を殺した記憶はないけど……」
ザンの質問にマインが答える。それを聞いたシリュウは激高した。
「某の師匠の名はカミカゼ! 剣頂カミカゼだ! 忘れたとは言わせんぞ!」
「いや、知らないし」
「剣頂!?」
士聖王帝頂天神、剣士の位階だ。剣神が空席であることを考えれば剣頂は上から二番目。剣帝のギルよりも上である。そんな人物をマインが殺したのだと言うシリュウの言葉に、ザンは疑問を持った。
「なあ、マインは知らないって言ってるぞ? 人違いじゃないのか?」
「いいや間違いない! 師匠を殺した剣士は素手の女だ! そんな非常識な奴が何人もいるはずがない!」
「それは……!」
マインが否定しようとして、そして言い淀んだ。それを見たシリュウはマインが反論できないのだと思ったのだろう。確信を持った表情でマインに刀の切っ先を向けた。
「どうやら心当たりがあるようだな! ならば己の所業を後悔して死ぬがいい!」
シリュウがマインに斬りかかる。マインが防御しても二太刀目、三太刀目と振るい続ける。隻腕とは思えない剣速だ。だが、あくまで片手ではだ。マインの手刀の方が早く、そして両手が使える。マインがその気になればいつでも反撃できただろう。だがマインはひたすら防御に専念していた。
「脳天唐竹割り!」
マインが反撃しないのを良い事にシリュウが大振りで刀を振り下ろした。体重を乗せた一撃がマインの頭に迫る。マインは頭上で拍手をするようにして刀を挟み込んだ。いわゆる白刃取りである。
「なにっ!?」
「……確かに私には心当たりがあるわ」
白刃取りの体勢のままマインが口を開く。
「でもそれをやったのは私じゃない。多分、私の同門の剣士よ」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃない!」
マインが吐き捨てるように叫んだ。全力の否定。その気迫に圧倒されたシリュウに向け、マインは蹴りの斬撃を放った。白刃取りで刀を押さえられたシリュウは防御が出来ない。
「全力気合スイング!」
そんな二人を突如衝撃波が襲った。ザンの仕業である。マインとシリュウは衝撃に押し飛ばされた。
「なんのつもり?」
マインが詰問する。シリュウもまたザンを睨み付けていた。ザンはそんな二人にいつも通りの口調で言葉をかける。
「落ち着けよ、お前ら。お互い話が食い違ってるぜ? 剣じゃなくて話し合いで解決しろよ」
「……こいつが襲ってくる限り無理よ」
マインは構えを解かない。ザンはシリュウの方を見た。
「なあ、あんた。シリュウだっけ? まずは話し合おうぜ? それが出来ないっていうなら俺はマインに着くけど、どうする?」
「……良いだろう」
シリュウが刀を下ろした。鞘に戻さないあたり、まだ警戒を解いていないのだろう。だが一応対話の姿勢を見せた事で、マインも構えを解いた。
「で、何を話し合うの? ザン」
「それは分かんねえ!」
「いや、言い出しっぺでしょ……」
「じゃあ、とりあえずお互いに分からないことを聞き合えばいいんじゃないのか?」
あっけらかんと言うザンにマインの肩の力が抜ける。いつの間にかその場の緊張がゆるんでいた。マインはシリュウを見る。
「あなたの師匠を殺したのは素手の女で間違いないのよね? 他に手掛かりは? 顔は分からないの?」
「顔は……暗くてよく見えなかった。だが女であることは間違いない」
シリュウがマインを睨む。犯人はお前だろうしらじらしいとでも言いたげである。マインは質問を続けた。
「なぜ女だとわかるの? 殺された状況は?」
「師匠が殺されたのは夜に街に出かけた時だ。某も一緒にいた。街を歩いていると誰かが目の前で倒れた。女が倒れたぞって師匠が驚いて駆け寄ったら、そいつは師匠を斬り付けた」
「斬り付けたって、本当に敵は素手だったの?」
「師匠が倒れて俺が戦った。間違いなく奴は素手だった。そして某の右腕を手刀で斬り飛ばした」
「……その後は?」
「師匠が……最期の力で某を助けて、敵は逃げていった」
シリュウが歯を食いしばった。ザンが疑問に思った事を口に出す。
「剣頂ほどの奴が、不意打ちくらいで簡単に殺されるか?」
「……奴は殺気を隠していた。武器を持っていない女だったから師匠も油断したのだと思う」
「命を狙われる心当たりは?」
「ない。師匠は義理に厚い誠実な人だった。恨まれるようなことはなかったと思う」
「師匠が殺されたのはいつ?」
「一月前だ」
「イージンで?」
「そうだ」
「だったらマインは犯人じゃないぜ! マインは先週イージンに来たんだ!」
ザンが興奮気味にそう言った。シリュウはちらりと横目でザンを見た後マインに視線を戻した。マインは頷いて見せる。
「マインは二カ月前にソルドンの大会で俺と戦ってる。俺は大会が終わってすぐに街を出て、真っすぐイージンを目指して、四日前にやっとここに着いたんだ」
「そうね。私とザンの旅程はほとんど同じだったはずよ」
「マインが一ヶ月前にイージンに居るはずがないぜ」
マインの疑いが晴れたと思い喜ぶザン。しかしシリュウはまだ納得しなかった。
「……剣士なら一日で千キロ移動してもおかしくはない」
「それは……そうだけど……」
それは暴論であったが、できないことを証明するのは難しい。困ったザンがマインを見る。マインは小さくため息をついた。
「私は犯人じゃないわ。敵の正体はさっきも言ったけど、多分私の同門よ」
「マインの剣技ってオリジナルじゃなかったのか」
剣技の習得には二種類ある。個人でオリジナルを生み出すのと、師匠から習う継承である。オリジナルの剣技の方が使用者に適しており使いやすく、継承の方が工夫の積み重ねにより技としての完成度が高い事が多い。多くの剣士はまず師匠の剣技を習い鍛錬し、独り立ちした後に自分専用のオリジナルを生み出す。多種多様な剣技が存在するのはこのためである。
「ふざけるな! そんな流派は聞いたことがない! そんな特異な剣技の使い手が何人も居れば有名になっているはずだ!」
「有名になっていないのには理由があるわ」
マインは一旦呼吸を整えた。そして意を決して、自身の秘密を口にする。
「私が使うこの剣技の本来の用途は暗殺。ある犯罪組織で使われている剣技だからよ」




