第30話 手合わせ
「よしっ! 闘るか!」
訓練場に入ったザンが肩を回す。一緒にいたマインも指をボキボキと鳴らした。二人はこれから手合わせをするのである。やる気十分といった二人を数人の野次馬が遠巻きに眺めていた。
「今度は負けないから。どこからでもかかって来るといいわ」
距離を取りマインが構えた。ザンはマインの手刀に鋼化が発動していないのを見て戸惑った。以前のマインは肘から先に常に鋼化を発動していたはずだ。
「いいのか? 体硬くするやつ使わなくて」
「心配無用よ」
「分かった。じゃあ遠慮なくいくぜ!」
ザンが剣を抜く。剣気を発動しマインへと突進した。
「全力気合スイング!」
前回マインと戦った時、ザンは剣技を使えなかった。だが現在のザンは剣聖。以前とは比べ物にならないほど強くなっている。初手からありったけの力で以て、ザンはマインに斬りかかった。
だが――
「無駄よ」
マインがザンの剣を腕で受け止めた。いつの間にか鋼化が発動しておりびくともしない。マインは平然とそこに立っていた。
「なっ!?」
ザンが驚愕する。そんなザンにマインが防御とは逆の手の手刀を振るった。ザンはとっさに先駆けを使い距離を取り直した。マインの追撃は……来ない。
「予想通りね。ザン、あなた弱くなってるわよ?」
「何言ってんだ!? 俺は剣技を習得したんだぞ!?」
予想外の指摘にザンが憤慨する。マインはため息をついた。
「まあいいわ。じゃあ証明してあげる。ザンに勝つことでね!」
マインが距離を詰めてきた。ザンが迎え撃つ。リーチの長いザンの方が先に攻撃できるのだ。ザンのその攻撃を、マインは最小限の動きで躱した。剣を振りきった事で生まれた隙に、ザンの懐へともぐりこむ。
「シッ!」
マインの手刀がザンの首に迫る。ザンは大きく仰け反ってそれを躱した。その体勢のまま、マインを吹き飛ばそうと剣を薙ぐ。
「おらぁ!」
全力気合スイングは常時展開してある。気合と共に振られた剣がマインの脇腹へと到達した。鋼化により受け止められると思われた剣はしかし、マインの体にめり込んだ。
「剣技、こんにゃく体」
こんにゃく体。体をこんにゃくのように柔らかくすることにより斬撃を無効化する剣技である。マインが腹に力を込めると、ザンの剣がこんにゃくの弾力により弾かれた。
「のわっ!」
予想外の事態にザンが体勢を崩す。マインはそこへ容赦なくカウンターを放った。
「先駆け!」
ザンが超スピードで後ろに下がる。先駆けの最大ストックは三回。それをもう二回も使ってしまった。ザンが冷汗を流す。
「焦ってるわね」
マインが歩み寄る。ザンがどうしたものかと悩んだ。だが攻撃が効かない以上、勝ち目は無いように思う。考えるほどに焦燥感だけが募っていった。
「戦いが単純すぎてつまらないから教えてあげる。ザン、あなたは剣技に溺れてるのよ」
「剣技に?」
ザンが眉をひそめる。
「そう。前のザンは剣技が使えなかった。その分、剣術で相手と渡り歩いていたわ。地力と言ってもいいかもね。つまり、剣の扱いが素でうまかったのよ」
「剣の扱い……」
「それに、前に私と戦った時は作戦を立ててたでしょ? 私の弱点を突く立ち回りをしてた。でも今は違う。剣技の威力に任せた攻撃ばかり。真っすぐ突っ込んできて思いっきり剣を振って、不利になったら下がって距離を取るだけ。行動が単純すぎ。だから動きが予想しやすいし、防御もしやすい」
「……」
ザンが黙った。そして自分の剣を見ながら考え込む。そのまま停止していたザンはしばらくして、顔を上げた。
ザンが笑った。
「ありがとマイン! たしかにその通りだったわ!」
あっさりと指摘を受け入れたザンに、マインは拍子抜けた。てっきり意固地になったりもっと悩んだりすると思っていたのだ。普通の人は自分の誤りを認めたくないものだからだ。
「おかげで目が覚めたぜ。剣技が便利すぎるのも考え物だな」
ザンが剣技を解除した。剣に纏っていた剣気が霧散する。
「いや、別に剣技を使うなって言ってるんじゃないんだけど」
「大丈夫! 今は使わないほうが勝ち目があるって思っただけだから!」
「……まあいいわ。じゃあ再開といきましょうか」
「おう! どっからでもかかって来くるといいぜ!」
マインが距離を詰めた。それをザンが迎え撃つ。ザンが狙ったのは肘関節。マインは刃を避けずに受けた。そしてこんにゃく体の効果により弾く。
「残念。間接狙いはもう対策済みよ」
「まじか!」
ソルドンの大会で自分の弱点を認識したマインは、イージンに来るまでの間にその克服に努めていた。その一つがこんにゃく体の積極的な活用である。鋼化とこんにゃく体は効果が真逆であるため、同時に発動すると効果を打ち消し合い体力だけが急激に失われる。そして戦闘中は手に鋼化を発動する以上、マインはこんにゃく体をほとんど使用してこなかった。
鋼化は強力な剣技である。生身で斬撃を防げる上、相応に体が重くなりノックバックを軽減する。超接近戦を行うには非情に都合がいい。もちろん攻撃力も上がる。
一方で関節に発動すると曲げられなくなる問題もあった。それが弱点の一つ。マインはそれを、こんにゃく体の活用により克服した。普段は全身にこんにゃく体を発動し、攻撃をするときだけ鋼化に切り替える。ノックバックを防ぐために鋼化で防御するのもありである。これによりマインの防御力は格段に向上した。
「だったら!」
ザンがマインの周囲を走り回る。ソルドンの時と同じ、全身のいろんな箇所を狙う作戦である。だが無駄だ。マインはこんにゃく体を全身に発動していた。どこを狙っても弾かれる。間接狙いが対策されていると知った時点でザンはそれに気付くべきであった。
「そこ!」
マインがザンの攻撃を弾きカウンターを放った。貫手がザンの胸に吸い込まれていく。マインは勝利を確信した。
「なっ!?」
マインが目を見開いた。ザンが身を捩って貫手を躱したのである。そして同時にマインを斬り付けた。カウンターへのカウンターである。マインはとっさに鋼化していた腕で剣を防御した。カウンターに失敗したザンが後方に跳び体勢を立て直す。
「惜しい! もうちょっとだったのに!」
「……私が鋼化に切り替える瞬間を狙って来るとはね」
マインは冷や汗を流した。どうしても鋼化は全身に発動できない以上、鋼化を発動しながらの攻撃に対するカウンターには注意が必要だ。
「もう油断はしないわ。次こそは倒す!」
「それはこっちの台詞だ。今度は当てる!」
両者ともに熱が入る。次の攻防で決着を付けに行く気だ。両者が同時に踏み込もうとしたその時。
剣士が一人走って来て、そしてマインに斬りかかった。